このコーヒーは甘くない

あおいゆっきー

このコーヒーは甘くない

「なおにー、コーヒー飲みたい」


 両親は眠ってしまい、辺りも静かになり始めた23時ごろ僕は妹にコーヒーをせがまれていた。


「いや、お前こんな時間にコーヒー飲むのかよ」


「なおにーだって飲んでるじゃん」


 そう言うと頬っぺたをプクーっとふくらまして、不満をアピールしてくる。


「そんな顔しても、駄目なものは駄目だ」


「ぶー、それならなおにーのやつ飲むからいいもん」


「あっ、おい」


「騒ぐとお母さんたちに怒られちゃうよ」


 にししと笑いながらからかってくるその表情はいたずらに成功した子供のようで、この距離感に落ち着いてしまっている僕は毎回許してしまう。


「ちょっとだけだからな」


「はーい」


 妹の理央が飲みすぎないように細心の注意を払いながら凝視していると、なにを企んでいるのか理央のほうも僕をチラチラとみてくる。


「あんま、こっち見ないで」


「なっ」


 するとそっぽを向いてゆっくりとカップに口をつける。ちびちびと飲んでいるようだが、この角度からだとどれだけ飲んでいるのかわからないじゃないか。


 ・・・・・・一体どれだけ飲んだんだ。カフェインの摂りすぎで理央が寝れなくなったりしたら僕は責任を取れるのか?


 絶対にここで止めないといけないのに、少し飲むたびにホッと嬉しそうな表情をするものだから声を掛けられない。


 そのままどれだけの時間が経ったのだろう、コクコクというコーヒーが喉を通る音が聞こえなくなると理央がフーッと息を吐いて振り向く。


「ありがとおにいちゃん♪ おいしかった」


 渡されたカップを見るとほとんどなくなっていて、満足そうな理央とは対照的に僕はため息が漏れる。


「理央。僕言ったよね、寝れなくなったらどうするのって」


「そんなこと言ってない」


「だとしてもだ。今からちゃんと寝れるのか?」


「寝られないのはおにいのせいだし」


「なんで僕が……」


 たしかにこの時間に僕だけコーヒーを飲んで理央には飲ませないのは理不尽かもしれないけど、理央のためを思ってやったのに。


「だからおにいには責任を取って朝まで私の相手をしてもらう」


「なに言ってんだよ、お前は明日も学校だろ。少しでもいいから横になっとけ」


「お母さんたちにおにいに寝かして貰えなかったって言うから」


「ちょ」


 そんなことされたらこの家での僕の社会的地位が地の底に沈んで、最終的には家を追い出され勘当……される?


「それが嫌だったら責任を取って」


「……わかった。どうすれば」


 あきらめて理央の言うことを聞いておけばいつか飽きて眠くなるだろうと、責任の取り方を問う。


「……えっとね、あっちで一緒に話したい」


 指さしたのは理央と母さんが引っ越してくるときに新しく購入した4人掛けのソファ。


 なんでまたそんなところでと思ったがこの時間に兄妹とはいえ異性の部屋に行くわけにいかないかとひとりでに納得する。


 僕がソファに腰を掛けると、理央はすぐ隣に座る。


「近いぞ」


「だって寒いんだもん。風邪ひいちゃうよ?」


「……」


 僕のちょっとした恥ずかしさと、理央の健康どちらを取るかと聞かれたら間違いなく後者を選択する。しょうがないという意思を沈黙で返答し、その意思をくみ取った理央がゆっくりと近づいてくる。


「おにいあったかい」


へにゃーっと寄りかかってくる理央の頭をそーっと撫でると勝ち誇ったような笑みを浮かべられたので、即座に手を放す。


するとぐりぐりと頭を僕の右手に擦り付けてきて、もっと撫でろアピールをしてくる。


「わかったわかった」


「にゃふふ、よろしい」


 そのまま撫で続けていると、理央の声が聞こえなくなったかわりにスースーと穏やかな寝息が聞こえてくる。


「風邪ひくって言ったのに」


 仕方ないなとため息をついて理央を2階の部屋まで運ぶ。出会った頃はあんなに小さくてお兄ちゃんお兄ちゃんとついて回っていたのに、いつの間にお兄ちゃんをからかうようになったんだか。


「おやすみ」


 声をかけてゆっくりと起こさないように部屋を出る。


 僕も寝るために部屋に戻ろうとするが、完全に理央にペースを乱されてしまったからか、どうにも眠る気になれない。気分転換しようと残っていたコーヒーを飲みにリビングに向かう。


 今から新しく入れるのはめんどくさいからと、残っていたコーヒーを一気に流し込む。


「甘いなぁ」


 少し残ったコーヒーはブラックのはずなのに甘みを感じて声が出てしまう。


「コーヒーを飲むと寝れなくなるのは僕のほうだったか」

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