枇杷

無自信

第1話

「ユウジくんもその漫画読んでるの?」


(え~っと、誰だっけこの?)


俺は頭をフル回転させて話しかけてきた女子の名前を思い出そうとした。しかし、頭にもやがかかっているみたいな感覚があり全く思い出せない。


「私もその漫画読んでるんだ。面白いよね。」

「私は主人公が好きだな。背は低いけどカッコいいもん。」

「ねぇ、ユウジくんはどのキャラが好き?」


その女子はポンポンと俺に話しかけてくる。


「あの…キミ、誰?」

と俺は質問した。すると彼女は笑いながら

「あははは。ユウジくん、同じクラスなのに覚えてないの?」

と聞いてきた。


(同じクラス?…そうか!ここは俺の通っていた中学の教室だ!そしてこのは…)


俺がもう少しで話しかけてきた女子の名前を思い出せそうだった瞬間、ピピピ・ピピピ・ピピピという電子音が聞こえてきて目を覚ました。


パンッと目覚まし時計のスイッチを押して音が鳴るのを止めた。いつもならすぐにリビングへと向かうが、今日はさっきまで見ていた夢の内容が気になり、ベッドに横になったままだった。


(あれは中学校の教室だったな。あのは中学の時の同級生か?う~ん、ダメだ。全然思い出せない!)


夢で見た女子の名前が思い出せず俺は少しイラついていた。そこにトントンとドアをノックして母が顔を出した。


「ユウジもう朝食できたわよ、起きなさい!」


母はそう言うと階段を下りていった。俺は夢で見た女子を思い出すのを今は諦め、朝食を食べにリビングへ向かった。リビングでは父が席について新聞を読んでいた。


「おはよう。」


父に挨拶して俺も席に着くと、父は新聞から目線を俺の方へ向けて

「ああ、おはよう。」

と返してきた。そこへ母が

「さあ、さっさと食べてちょうだい!」

と朝食を食べることを促してきた。


「いただきます。」


俺は促されるまま朝食を食べ始めた。


しばらくすると、父が

「どうだ、受験勉強はちゃんとやってるのか?」

と、いつものように発破を掛けて来た。


俺は父の発言をウザッたく感じていたが浪人させてもらっている手前、恭しい態度で

「勿論ちゃんとやってるよ。今度は絶対合格するから期待しててよ。」

と、父に返答した。


「そうか。」


父はそれ以上何も言わなかったので、俺はこれ以上何か言われる前に、この場を離れようと思った。急いで朝食を食べ終えると身支度を整え、カバンを手に取り、予備校へ向かった。


平成十九年の七月、俺は浪人して予備校に通っていた。高校生の時から両親に

「将来は地元の公務員になりなさい。」

と言われていたので、俺は

「大学は好きなところに行かせてよ。」

とわがままを言って、東京の大学を受験して、ものの見事に落ちた。それでも諦められなかった俺は更にわがままを言って現在の浪人生活に至る。


「ふぅ。熱いなぁ。」


日差しの強い夏に自転車をこいで予備校へ来たので汗をかいていた。蝉がミーンミーンと鳴く声が聞こえて余計に暑く感じた。


汗だくになりながら、やっとのことで涼しい予備校のエントランスまで来た時

「オッス、ユウジ。」

と俺を呼ぶ声が聞こえた。俺が声のした方を向くと、そこには小中高と一緒だった友人のヒロシがいた。


「オッス、ヒロシ。どうした今日は来るの早いじゃん。」


「ああ、実はお前に早く伝えてやろうと思って待ってたんだ。」


「え?何だよ?」


「いいか?驚くなよ!クボミワコが死んだらしいんだ!」


「…クボ…ミワコ?って誰だっけ?」


「は?おいおい忘れたのかよ?中学の時、同じクラスだったミワコだよ!あ~、ビワコっていえば分かるか?」


「ビワコ?ビワコ…。」


ビワコという単語を反芻はんすうしていると今朝夢で見た女子がビワコであることを思い出した。


「ああ、あれビワコだったのか。え?死んだ?いつ?」


「え~と、三日前だな。俺のところに知らせが来たのは昨日の深夜だ。中学の友達から携帯にメールが来た。ほら、見てみろよ。」


そう言ってヒロシは自分の携帯の画面を見せて来た。そこには「7月3日に久保美和子が亡くなったらしいぞ!知ってたか?」というメールの文章が写っていた。


それを見た俺はすぐに思ったことをヒロシに尋ねた。


「え?何ですぐにメールで知らせてくれなかったんだよ?」


「今朝メールが来てるのに気付いたんだよ!だから早く知らせようとここでお前が来るのを待ってたんだよ。」


「そっか。ところで死因は分かるのか?事故か?病気か?」


「癌だってよ。高校三年の時から闘病してたらしいぞ。可哀想だよな……。」


(え?三日前に死んだ?癌で闘病していた?そもそも何で俺の夢に出て来たんだ?虫の知らせってやつか?)


俺がぐるぐると考えを巡らせていると

「さっき『あれ』って言ってたけど、もしかしてビワコを死ぬ前に見かけたりしたのか?」ヒロシが余計なことに気付いて質問してきた。


「え?そんなこと言ったかな?あ~ほら、授業の時間だ!俺、準備しないと。じゃあヒロシまた後でな。」


慌ててごまかしてヒロシのそばを離れた。


「そっか。ビワコ死んじゃったのか。」


俺は教室に向かいながら初めて知った同級生の死をかみしめていた。


その日の授業は両親には悪いが集中できなかった。ビワコの死に衝撃を受けたというのもあるが、それ以上にビワコとの思い出がワッと蘇ってきたからだ。


ビワコと初めて話したのは中学三年の春だった。放課後教室で俺が持ってきた漫画についてヒロシと話していたら、ビワコが話しかけてきたのがきっかけだった。最初に話しかけられた時は

(やべっ。先生に漫画のことチクられるかな?)

と思ったが、続く言葉が

「ユウジくんたちもその漫画読んでるの?」だったのでホッとしたのを覚えている。


ちなみにビワコというのはヒロシが付けたあだ名で中学の給食で枇杷が出た時、ミワコの「ミ」の字が漢字で「美」だったため「ミ」とも「ビ」とも読めることに気が付いたヒロシが

「おい、ビワコ!ビワコが枇杷を食べたら共食いになるから俺が食べてやるよ!」

とビワコをからかったのが始まりだったと思う。


俺も一緒になって

「そうだ!そうだ!ビワコが枇杷を食べたら共食いなるぞ!」

とからかった。今思えば軽いいじめとも取れる行為だったがビワコが

「私ビワコじゃないし。ミワコだし。」

と笑いながら否定してきたので

「あ、そんなに嫌がってないな。」

と思って、給食の後も

「おい、ビワコ!」

とからかっていたら俺とヒロシだけはミワコのことをビワコとあだ名で呼ぶようになった。


おざなりにこなした午前中の授業が終わり、昼食を食べに食堂へ向かった。


「おーい、ユウジ!こっちこっち!」


先に食堂にいたヒロシが手招きしてきた。


「オッス、随分早いな。」


「ああ、俺ひとつ前の授業の時間は受けてないから自習室にいたんだ。それよりもビワコだよ!ビワコ!ユウジ、お前ビワコが死んだって聞いてどう思った。」

と、ヒロシが質問してきた。俺は正直言ってビワコの死を知った時はかなりショックを受けたし、ヒロシと同じく可哀想だと思った。


だけど、ひねくれていた俺は仲のいい友人であるヒロシにでさえ本音を言うのを躊躇ちゅうちょしてしまった。正直、恥ずかしかったのである。そのため俺はヒロシの質問に少し斜に構えた返答をしてしまった。


「まあ、可哀想だとは思うよ。でも中学卒業してから会ってないし、それに地球上で一日に人が何人死ぬと思っているんだよ!一年間、漫画の話をしていたくらいの関係の奴が死んだくらいでショック受けてられないよ!」


ヒロシは俺の返答を聞き少し驚いた顔をして

「冷てぇなぁ!お前がそんなに血も涙もない人間だとは思わなかったよ!あっ、もしかしてそれがお前の受けている数学の授業を担当している西本が言っている『論理的に考える。』だと思っているのか?ユウジ、お前が今言ったことは俺からしたら、論理的じゃなくて屁理屈こねてるようにしか聞こえないぞ!」と俺を戒めるように言ってきた。


その発言を聞いて俺はかなり反省したが斜に構えた態度を急に変えることは出来ず

「可哀想だとは思うとは言ったぜ……。」

と反論したが、ジーッと睨んでくるヒロシの視線に耐えられず

「悪かったよ!謝るよ!ビワコごめん!」

俺は天井の方を向いて目を閉じ、手を合わせてビワコに謝罪した。それを見てヒロシは睨むのをやめてくれた。


「まあいいだろう。ところで話は変わるんだけど、ビワコが病死だって聞いて気になったんだけど、ユウジお前いつから将来の目標、医者じゃなくなったんだっけ?」


「え、医者?」


俺はヒロシの質問を理解できずポカンとしてしまった。


「そう医者!確か高一の夏ぐらいまでは言ってたじゃん!『俺は将来医者になるんだ!』って。」


ヒロシの発言を聞いてはっきりと思い出した。高一の夏まで俺の将来の目標は医者になることだったと。

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