あの子のこと

@rabbit090

第1話

 千鳥足でふらつきながら、帰路を辿る。

 そうだ、いつも僕は酩酊しながら、彼女の所に行っていたんだっけ?でも、酒に酔ってるからあんまり覚えていない。

 でも、本当は思い出したいのに、どうして。

 彼女の思いは、どこへ行ってしまうのだろうか。

 とか、考えてみても仕方が無い。

 いなくなってしまった女のことなど、めそめそと考えていたって駄目だ。分かっているのに、理解しているのに、僕は、まだ彼女のことを、忘れられない。

 玄関の扉を勢いよく開け放つのは、彼女のいつもの癖だった。

 僕は、一人でマンションに住んでいたから、近所の目を気にしてそれを快く思っていなかった。

 正直、来んな、とさえ思っていた。

 僕は都内のIT企業に勤めていて、彼女は近くの工場で働いていた。

 知り合ったのは、彼女まだその会社で、事務員として働いていた頃だった。

 社内でも、有名だった。 

 彼女は、太っているし、声も大きいし、しかし愛想は無い。

 うるさくて、嫌。周りから敬遠されているのは明らかだった。僕も、事務関係の手続きで、つまり、過労がたたってしばらく休まなくてはいけないことになって、その時に訪れた総務課に、ひっそりと息をひそめるように片隅にいた、彼女を見たのだ。

 噂には聞いていたけど、確かに黙っていても、存在感がある。

 周りの女の子は細く、そして小鳥のようにさえずるから、地味で、なんかズドーンって感じで低くうなるようにしゃべる彼女は、異様だった。

 そして、その日は手続きだけで来ていたから、しばらく総務課近くの会議室で待機していたけど、そして、暇だったから彼女たちの姿を見ちゃってたんだけど、彼女は、明らかに疎外されていた。

 ちょっと、可哀想になるくらい、でも周りにいる男性も、上司も、女性も、誰も、彼女がそういう扱いを受けていることに疑問を持っていないようだった。むしろ、当然とさえ思っているようで、なんか、そういうのがなんか、所見だったのに嫌だった。

 だから、僕はその日の昼休みを待って、彼女に声をかけ食事に誘った。

 その言葉を聞いて、周りの人はやたらとびっくりしていたけれど、でも、彼女もなんか居心地が悪そうに、歯切れ悪くすぐにオーケーって言わなかったんだけど、でもちょっと強引に行こう、と言ったらついてきてくれた。

 そして、それ以来、僕らはずっと離れていない。

 正確には、離れていなかった。

 あの時、僕は仕事に疲れていて(ホントは疲れたなんて言葉で表せられるとは思っていないんだけど…)、とにかく、彼女のその、あの高音で高くて、社会と自分、という関係を否応なく考えさせられるような存在とはかけ離れている、その、なんか、懐かしいような感じに惹かれて、付き合った。

 でも、最初は良かったんだけど、僕はダメな奴だったから、彼女に対して、色々なことがぞんざいだった。

 まず、あまりしゃべらない彼女に対して、それに付け込んで、僕はとにかくひどい言葉を吐いた。

 それは、彼女の容姿だったり、性格だったり、どうしようもないことを、罵った。

 だから、彼女はいなくなった、のだと思う。

 ある日、

 「ごめんなさい。私やっぱり、一人で暮らすから。」

 と書かれた手紙を残して、消えた。

 その時にはすでにもう、彼女は僕と同じ会社にはいなくて、近くの工場に行っていた。けど、今ではもう、そこも辞めてしまっている。(知り合いに確認した。)

 最初は、大丈夫だったのに、むしろ、生意気なこと言いやがって、なんて思っていたのに、僕は、

 「………。」

 黙って、彼女のことを考えるようになった。

 そして、それに取り憑かれているようだった。

 これは、もしかしたら彼女からぶしつけな僕に対する罰なのだろう、とさえ思った。

 でも、

 「…僕は、彼女が好きだった。」

 そう、呟いた。

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