第117話:光のいない日々 その2
この前のメンバーというと、きっと海に行った時の人たちだろう。
軽く思い出してみると、その面々の顔がすぐに頭に浮かんだ。
正直言って、俺一人で会うのはなかなかハードルが高い人たちもいる。
でも、せっかく仲良くなってこうして誘ってくれたのに無碍にはできない。
少し悩んだ末に、画面をタップしてメッセージを入力する。
『この前のって、海に行った時の?』
『そうそう、何人か部活で来られないのもいるけど大体揃ってる感じ』
……ということは女子もいるらしい。
画面を遷移させて、別のチャットウィンドウにメッセージを入力する。
『この前の海のメンバーで遊ぼうって話が来たんだけど、行っても大丈夫? 多分、女子もいるみたいなんだけど』
送り先は大場くん……ではなく、今頃飛行機に乗っているはずの光。
気にしすぎかもしれないが、一応了承を取っておくことにした。
機内でどこまでネット回線が使えるのかは分からないけど、流石にまだ大丈夫だろう。
そう予想した通り、返事はすぐに返ってきた。
『いいと思うけど、なんで私に?』
『それは……ほら一応、女子もいるみたいだから』
『私、そのくらいで嫉妬したりとか疑ったりすると思われてるわけ……?』
画面の向こうで、不満げに頬を膨らませている姿が浮かんだ。
『思ってるわけじゃないけど、念の為に』
嫉妬については多少思ってるけど、そこは誤魔化した。
『じゃあ、行った方がいいんじゃない? せっかく仲良くなれたんだし。ていうか、いいな~! 私も行きた~い!』
今度は飛行機の座席で、子供のように駄々を捏ねている姿が浮かぶ。
とにかく、了承は取れたので今度は大場くんへの返事を打ち込む。
『なら大丈夫だけ、どこに行けばいい?』
『駅前のマウワン! 十四時集合で!』
『分かった。今、出先だから少し遅れるかもしれないけど』
空港からなので少し遅くなる旨を伝えて、駅へと移動する。
地元へと向かう電車に揺られている間に、少しずつ緊張が高まってくる。
海に行った時のメンバーでまた一緒に遊ぶ。
それだけ聞くとごく普通のことのように思えるけど、今回は光がいない。
正直、あの時の俺は完全に光のバーターでしかなかった。
光抜きの俺一人だけで、あのノリについていけるだろうかと心配になってくる。
『大場くん、ちょっといいかな?』
『お? どした?』
『もし大丈夫だったらなんだけど――』
――――――
――――
――
そうして一時間後、俺は待ち合わせの場所に着いた。
「おーい! 影山ー! こっちだこっちー!」
大きなボウリングのピンが飾られた看板の下で、こっちに向かって手を振っている大場くんの姿を見つける。
その周りには数週間前に海で一緒に遊んだ男女たちの姿もあった。
待たせてしまったかと急いで彼らの下へと駆け寄る。
「おーっす! 久しぶりー!」
「ご、ごめん……! 遅くなって……」
「大丈夫大丈夫。まだ他にも来てないのがいるし――」
「ねえねえ、もしかしてこの人が例の朝日さんの彼氏?」
息を整えようと深い呼吸をしていると、大場くんの言葉を遮って誰かが言った。
聞き覚えのない声に誰だろうと訝しんでいると、大場くんの後ろから数人の知らない女子たちが出てくる。
「へ~……この人なんだぁ……結構、地味~な感じ~……」
「うん、なんか思ってたのとちが~う」
彼女らは俺の顔をジロジロと見て、各々が所感を述べている。
「え? ええっと……ど、どちらの……」
「でも、なんかかわいくない?」
「か、かわいい……!?」
幼児ぶりに言われた言葉に、思わず声を上ずってしまう。
そんな俺を置いて、彼女らは何故か分かる分かると色めき立っている。
何? どういうこと? てか、この人らは誰?
想定していたのと全く異なる展開に、頭の中がハテナで埋め尽くされる。
「ちょ、ちょっと……大場くん……これ、どういうこと……?」
小さく手招きして、彼をすぐ側にまで呼ぶ。
遊びに行くのは海に行った時のメンバーとだと聞いていた。
けれど、今現れたこの三人の女子たちは全員が初めて見る顔だった。
学校で顔を見かけたことがあるとかそんなことも全く無い完全な初対面。
一体、どういうことなのかと彼に問い質そうとすると――
「……すまん!!」
俺の前に来た大場くんは、両手を顔の前で合わせて深々と頭を下げた。
「謝るとかじゃなくて……事情を説明して欲しいんだけど……」
「実はその……青葉南の女子なんだけど……」
「青葉南の?」
青葉南と言えば、秀葉院の近くにある公立高校だ。
偏差値的には多少の差があるけれど、地理的に近いこともあって部活関係で繋がりを持っている生徒が多いらしい。
「そうそう、それでさ……ほら、朝日さんに彼氏が出来たって噂はやっぱり向こうにも広まってるらしくて、それでどうしても影山に会ってみたいって言われててさ……」
「あ、あぁ……なるほど……そういう……」
「黙ってたのは謝る! でも、ほら……やっぱ、女子は一人でも多い方がいいだろ? 華やかっていうか……ぶっちゃけ、この夏休み中に彼女を作りたいんだよ! だから、頼む! このままいてくれ!」
更に深々と頭を下げながら大場くんが全てを白状する。
つまり、他校の女子を呼ぶための
それ自体はいい気がするかと言われると、当然そんなわけはない。
でも、ここまで素直に言われると責めるような気にもなれなかった。
「別に、いるのはいいんだけど……」
まだ名前も知らない他校の女子たちが俺の方を見て、何かを話している。
内容までは聞こえてこないけど、大体何を言ってるのかは分かった。
今更何を言われても動じたりはしないけど、自分の全く知らないところにまで噂が広まっていたと知るのはなんだか気恥ずかしい……。
「まじか! 流石、影山! 恩に着る!」
「いや、まあ……本当にいるだけで、それ以上は何もできないけど……」
「それで十分! まじサンキューな! 今日の支払いはこっちの男で全部持つから!」
まるで神仏にでもするように、両手を合わせて拝まれる。
ただ、光には一応言っておかないとな……とスマホを取り出そうとしたところで――
「おーい、黎也ー」
後ろから聞き覚えのある声が響いてきた。
振り返ると、一ヶ月ぶりに見る友人の姿がそこにあった。
「あれ? 風間じゃん」
俺よりも先に、大場くんがその名前を呼ぶ。
「げっ、大場……?」
「げってなんだよ。てか、お前も誰かと待ち合わせか?」
「いや、待ち合わせっていうかそいつに呼ばれたんだけど……」
颯斗がスマホを片手に、俺の方を指差す。
「影山が? あー……さっき言ってたやつか? 他にも呼んでいいかって」
「え? あ、うん! そ、そうそう! 皆で集まるならせっかくだしって……」
事情を説明しながら先の車内でのことを思い出す。
光不在の状態で、陽キャ集団の中に一人で混ざるのは流石にきつい。
そう判断した俺は自分以外の生贄……じゃなくて助っ人へと招集をかけた。
その一人がこの陰キャ仲間の風間颯斗だったわけだが……
「じゃ、俺は帰るわ」
颯斗は俺以外の面々の顔を確認すると、その場で180度転回した。
「ちょ、待て待て待て! 来て早々に帰ろうとするなよ!」
何事もなかったように走り去ろうとした颯斗の服を掴んで、その場に引き止める。
「いや帰るに決まってんだろ! 珍しく遊ぼうぜって言うから来てみたら……こんなにいると分かってたらそもそも来ねーよ!」
「そこをなんとか頼む! 俺も一人じゃ心細いんだよ!」
「無理無理無理! 無理だって! お前はもう彼女持ちのリア充なんだから大丈夫だろうけどな! 俺はお前とはちげーんだよ!」
「大丈夫だったらわざわざ助けなんか呼ばないって……てか、お前この前夏までに彼女作るとか言ってただろ……? だったら、こんなの絶好の機会だと思って……」
「いや、まじで無理なんだよ。少数ならまだしもこんな致死量の陽キャに囲まれたら……うっ、想像するだけで吐きそうになってきた……」
「そ、そこまで……!?」
そんな感じで颯斗と益体もないやり取りを繰り広げていると――
「ちょっと、そんなところで立ち止まられると邪魔なんだけど……」
颯斗の向こう側からまた別の知った声が聞こえてきた。
「ひ、日野さん……! 来てくれたんだ……!」
腰程まである長い黒髪を靡かせながら、今度は日野絢火が俺たちの前に姿を現した。
彼女は俺から順番に、後ろの同級生たちと他校の女子……そして、最後に颯斗を見る。
「影山くんには借りがあるから来てあげたけど……これ、どういう集まりなの?」
無糖のコーヒーでも飲んだような苦々しい表情で尋ねられる。
「えっと……それが実はかくかくしかじかで――」
颯斗の服を掴んで逃さないようにしながら日野さんにも事情を説明する。
「ふ~ん……海に行った時の……で? なんで私がそこに呼ばれたわけ?」
「いや、それは……光から日野さんはせっかくの夏休みなのにずっと予備校の夏期講習で忙しいって聞いてたからたまには羽を伸ばしてもらおうかなと……」
「そういう建前は要らない」
「日野さんがいてくれたら光も安心できるかなと……」
余計な誤魔化しは通用しないと判断し、即座に全て白状する方針に切り替える。
「つまり、体の良い監視役ってわけね」
「まあ、有り体に言うとそういうことです……はい……」
呆れたようにため息を吐き出している彼女に頭を下げる。
「……というわけらしいんだけど、私はここにいても大丈夫なの?」
俺の肩越しに、日野さんが大場くんたちへと尋ねる。
「え? あ、ああ……もちろん! 日野さんなら大歓迎だって! な、なあ!?」
大場くんが後ろの同級生たちに同意を求めると、皆も一様に首をうんうんと縦に振る。
なんだかよく分からないけど、空気がギュッと引き締められたような気がした。
颯斗もブツブツと文句こそ言っているが、一旦は抵抗を諦めてくれたようだ。
不安は残るものの、これでなんとかこっちの陣容は整った。
「それで、俺が呼んだ二人は来たけど……後は誰が来るんだっけ?」
「えっと、後はー……おっ、言ってる間にちょうど来た! おーい! こっちこっちー!」
大場くんが手を振った方向へと視線を向けると――
「ごめ~ん! 遅れちゃった~!」
横断歩道の向こう側から高崎さんがこっちへと走ってくる姿が目に入った。
息を切らしながら走ってきている彼女の一部を見た男子陣から、『おぉ……』と感嘆の声が上がる。
「遅くなってごめ~ん。千里が準備に手間取って電車に乗り遅れちゃった」
少し遅れて、その後ろから桜宮さんが続いて合流してくる。
「え~……私のせい~……!?」
「そうでしょ。服が決まらないとか言ってなかなか出てこなかったんだから」
「だって~……せっかくみんなで遊ぶなら一番可愛いのにしたかったんだも~ん……」
そう言ってぷくっと頬を膨らます高崎さんに、桜宮さんが大きなため息を吐き出す。
高崎さんの方は相変わらずやたらと胸元を強調した服を着ている一方で、桜宮さんの方はこれまでと比べると随分と素朴な格好をしていた。
いつも派手めなブランド物で固めているイメージがあったけど、こういう格好もするんだなと意外な一面に内心で少し驚いていると――
ふと、こっちに視線を向けた彼女と目が合う。
特に意図して俺の方を見たわけではないんだろうけれど、あまりにもピッタリと視線が合ってしまったので少しだけ気まずい気分になる。
でも、それもほんの一瞬のことで彼女は何事もなかったようにすぐ視線を外した。
桜宮さんとは色々とあったせいで、正直言って少し絡みづらい。
向こうも同じように思って、こうして少し距離を取ってくれる感じならありがたいんだけどなと安堵の息を吐いたのも束の間――
「……で、なんで委員長がいるの?」
彼女は俺の隣にいる日野さんを見て怪訝そうに言った。
そういえば忘れてたけど、この二人も微妙に仲が良くなかったんだっけ……。
「なんでって彼に呼ばれたからだけど? 居たら悪い?」
「別に、悪いなんて一言も言ってないけど?」
二人の間にピリピリと火花のような何かが散るのを幻視する。
この日、俺は朝日光という存在が如何に場を和ませる天才なのか。
そして、その不在が人間関係にどんな影響を及ぼすのかを痛感することになる。
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