第105話:大人の誕生日 その2

 ――時間を少し遡って土曜日の午後十三時。


 俺は大いなる戦いへと挑む心構えで、その時が訪れるのを待っていた。


 今日は8月8日――公式プロフィールにも記載されている朝日光の誕生日だ。


 各SNSでは既に、光の誕生日ポストに多くのお祝いメッセージが届いている。


 シンプルな祝福の言葉から自作のポエムを披露している人。


 更には光をイメージしたケーキや、大量の写真で儀式めいた祭壇を作っている人まで。


 まるで大人気アイドルのような扱いだ。


 朝日光が今まさに、国民的な人気を得ようとしているのをひしひしと感じる。


 そんな中で俺は今日、その誰よりも光を喜ばせなければならない。


 それは恋人として当然のことだし、今の俺なら出来るという自負もあった。


 月曜日から今日までリサーチを重ねて、最高の体験を見舞ってやる準備は万全。


 後は主賓が来るのを待つだけ――


 ――ピンポーン。


 来たッ!


 呼び鈴の音に、人間の反応速度の限界を超えて玄関へと向かう。


「今日も今日とておじゃましまーす!」


 扉を開けると、既に普段よりテンション高めな光が立っていた。


「いらっしゃい。どうぞ入って」

「はーい! わー、久しぶりの黎也くん部屋だー!」


 一流ホテルのコンシェルジュのように、彼女を部屋の中へと招き入れる。


 ここで『誕生日』という言葉はまだ口にしない。


 期待を高めて高めて、更に高めてもそれを超えていけるという自信があるからだ。


「はぁ~……落ち着く~……」


 俺のベッドにうつ伏せに倒れ込んだ光が、


 向こうも同じく、まだ『誕生日』という言葉を口にしない。


 まるで互いに刃を鞘に収めたまま、居合の体勢で向かい合っているようだ。


「今日はほんとにうちでいいの?」

「うん、先週は海でいっぱい遊んだし! 今日はおうちでまったりの気分!」

「あっ、それなら先週の写真をアルバムにまとめたんだけど見る?」

「ほんとに! 見る見る!」


 本格的な戦いになる前に軽く弱Pを振ると、向こうもそれに乗ってきた。


 定位置の椅子へと座り、先週の海で撮影したアルバムを画面に表示させる。


 ベッドの端まで移動した光が、それを横から覗き込んでくる。


「わ~……いっぱいある~……! あっ、一緒にSUPに乗った時の!」

「ちょうど撮ろうとした時にバランスを崩した落ちたから若干画角がズレちゃってるね」

「確か、この時で落ちたの四回目だっけ?」

「うん、この後も四回落ちたから……最終的には八回落ちたんだったかな」

「そんなに落ちてたんだ」

「落ちすぎて、最後の方は水を飲まない安全な落ち方を習得してたくらい」

「あはは! 何それ~」


 俺の言葉に、光が声を上げてコロコロと笑う。


 更に続けてスライドショー形式で、百枚以上撮った写真を順番に一つずつ流していく。


 その一枚一枚に多くの思い出が詰め込まれていて、二人で眺めているだけで当時の楽しかった記憶が鮮明に蘇ってくる。


「ほんっとに楽しかったよねー。でも、まだ先週なのに何かもうすっごい前のことみたい」

「それだけ今週の練習が濃密だったってこと?」

「うん、かなりわがままを言って休ませてもらったから今週のお母さんはいつにも増して超スパルタだった。こんな鬼の形相で」


 その恐怖体験を表すように目を見開いた光に、今度は俺が声を上げて笑う。


「あっ、これで終わり?」

「だね。最後にみんなで撮った集合写真」


 スライドショーの最後に、俺たちが帰る直前に皆で撮った写真が表示された。


 俺と光が中央に立ち、左側に男子たちが右側に女子たちがそれぞれ並んでいる。


 皆が笑顔で、この夏を最高に楽しんだというのがありありと伝わってくる。


 出発前の俺に見せたら間違いなく、パラレルワールドで撮ったものだと思うだろう。


「すっごい良い写真だね。これ」

「うん、締め括りって感じで」


 画面に映る写真を二人で眺めて、もう一度旅の思い出に浸る。


 言葉はなくても、願わくばまた来年も同じように過ごしたいと共に思う。


 ……さて、飛び道具での牽制はこのくらいでいいだろう。


 隣にある光の顔からすっかり気が抜けているのを確認して、ニヤリとほくそ笑む。


「さて、それじゃ家でまったり過ごすならいつも通りゲームでもする?」

「うん! さーて、今日は何しようか――」


 事前の牽制でガードがゆるゆるになった今こそ、超必を叩き込む絶好のチャンス!!


 リモコンを手に取って、テレビを前もって準備していた画面へと切り替える。


『アーマード・リング6 ロード・オブ・ゼネコン』


「なわあああああああッッ!!」


 この夏最大の超大作のタイトル画面を見て、光が悲鳴に近い歓声を上げた。

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