第97話:海と陽キャと高級リゾートと その21

 修と藤本さんの二人が、同じタイミングで姿を消した。


 昼に言ってた通りなら、桜宮さんの計らいで二人きりの時間を過ごしているはずだ。


 そして、修の意思はこのタイミングで藤本さんと……。


 いや、それよりも昼間の話が本当なら俺と光にも――


「おーい、黎也くーん? 起きてるー?」


 若干不純な考えた浮かんできたところで、横から光に声をかけられた。


「えっ!? あっ……お、起きてる! め、めっちゃ起きてるけど!?」


 当然の奇襲に、自分でもびっくりするくらいに挙動不審な返事をしてしまう。


「む~……変な返事……あっ、もしかしてぇ……何か良からぬことを考えてた……?」

「よ、良からぬことなんてナニも……」

「ほんとにぃ……? あそこにあるきのこのシティをどうやったら一人で独占できるか考えてたんじゃないのぉ……?」


 ニヤッと粘性の高い笑みを浮かべた光が、テーブルの上にあるお菓子の箱を指差した。


「き、きのこ……?」

「もしかして、大正解? 黎也くん、好きだもんね」

「……そ、そうそう!! 誰も食べないなら俺が食べてもいいのかなーって!」


 その見当外れな読みに乗っかって真実を誤魔化した。


「やっぱり、そうだったんだぁ~」


 君のことならなんでも分かるとばかりにしたり顔を浮かべている光。


 こういう時の察しは悪くて助かった……と、内心でホッとした。


 でも、これがとぼけてるわけじゃないなら光は何も知らないことになる。


 もしかしたら桜宮さんが俺をからかうために言っただけで、そんな話は最初からなかったのかもしれないと考えていると――


「てか、黎也くんも歌おうよ!」


 光が横からカラオケ用のマイクを俺に突き出してきた。


「え゛っ……? お、俺が……?」

「うん! 私、黎也くんの歌ってまだ聴いたことないもん!」


 そう言って、無邪気にマイクが更にグイッと突き出される。


「いや、俺は……ほら、流行りの曲とか全然知らないし……」

「大丈夫大丈夫! 知ってる曲でいいから! 沙綾なんてさっき演歌歌ってたの聞いてたでしょ?」

「でも、松永さんは上手かったし……」

「上手い下手とか関係ないの! 歌は心意気!! ほらほら!」


 どれだけ遠慮してもグイグイとマイクが押し付けられる。


 人前で歌った経験なんて小中の合唱コンクールくらいしか記憶がない。


 その時でもパート練習で少数で歌わされるのが恥ずかしかったのに、カラオケなんて罰ゲーム以外の何物でもない。


 しかし、光を含めて既に次は俺が歌うことが前提で場が盛り上がり始めていた。


 この空気に水を差すのもそれはそれで厳しいものがある。


 こういう陽キャのノリは未だに多少は『しんどいなぁ……』と思ってしまう。


「じゃあ、一曲だけ……」


 それでも意を決して、デンモクを受け取って自分が歌えそうな曲を探す。


 最新の機種だけあって、古い曲から最新の曲まで幅広く網羅されていた。


 その中から一つを選んで、マイクを手に立ち上がる。


「おおっ! この曲は!」


 画面に映し出された曲名を見た光が、やや興奮気味に立ち上がる。


 俺が選んだのは、あの有名なバンドによる某物語オブシリーズの主題歌。


 作品のストーリーとテーマ性を見事に表現した名曲だ。


 イントロが流れ始めると、嫌でも身体がリズムに乗り始める。


「ガラス玉ひ――」


 そのまま特筆すべき点もない感じで、なんとか歌いきった。


 周囲から『いぇーい』とか『うぇーい』という歓声と共に拍手が巻き起こる。


 確かに光が言った通り、この場においては上手いとか下手とかはないらしい。


 とりあえず、暖まった空気を冷ますことはなかったようで一安心する。


 軽く一礼し、このまま二曲目とか言われる前にマイクを置こうとするが――


「じゃあ、次は私とデュエットね!」

「えぇ……」


 そんなこんなで光が満足するまで何曲も付き合わされた。


「はぁ……疲れた……」


 やっと解放されて自分の席へと戻った。


 光は疲れ知らずなのか、今度は山野さんと肩を組んで楽しそうに歌っている。


 あの上機嫌っぷりなら一段落したらまた付き合わされそうだ。


 今のうちに他に歌えそうな曲も調べておこう、とポケットからスマホを取り出すと――


「……ん? 誰からだろう……」


 まるでタイミングを図ったように、PINEの通知音が鳴った。


 時刻は11時をとうに過ぎた深夜。


 今歌っている光を除いて、こんな時間に連絡を取ってくる人には心当たりがない。


 日野さんか緒方さん、あるいは依千流さん辺りが様子を伺いにきたんだろうか……。


 そう思ってアプリを立ち上げるが、予想はどれも外れていた。


『二階の一番奥、右手側の部屋。二人きりになれるようにしといたから』


 表示されている送り主の名前は『桜宮京』。


 それは今回のツアーの事務的な連絡以外で、彼女から届いた初めてのメッセージだった。


 顔を上げて、離れたソファに座っている桜宮さんの方を見る。


 俺の視線に気づいた彼女は『しーっ……』と、口元で人差し指を立てて微笑んできた。

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