第94話:海と陽キャと高級リゾートと その18

 メイド服にミニスカ婦警、バニーガールに……スク水なんて物まである。


 それらのコスプレ衣装を見た女子から当然、非難の声が上がり始めた。


「うわっ……さいってー……」

「やっぱり、そういうのが目当てだったんじゃん……やらしー……」

「これは裁判が必要かな……求刑は永久追放で」


 楽しい一日の最後でテンションが上りきっている今ならと思ったのかもしれないが、流石に非難轟々だ。


 これは追放も已む無しだろうと黙って様子を見ていると――


「ま、まあ待てって……話を最後まで聞けよ……」


 まだ何か言い分があるのか、被告人がめげずに続けていく。


「罰ゲームってことは勝てば着なくていいんだよ、勝てば。それにもちろん、俺らが負ければ俺らが着るし……」

「そんなのむしろこっちの罰ゲームでしょ。何か言って上手く乗せようたって無駄だから」


 松永さんの無慈悲な通告に、女子から『そうだそうだ』と同意の声が上がる。


 確かに男子があんな衣装を着たところで、見せられてる側の罰ゲームにしかならない。


 その下心という名の壮大な野望は脆くもここで潰えたように思えたが、彼はまだ絶大な切り札を隠し持っていた。


「で、負ければ罰ゲームってことは……もちろん、勝てば賞品もある……!」

「賞品……? どうせ、安いお菓子とかでしょ……?」

「ででん! なんと、福島屋百貨店のギフトカード一万円分だ!!」


 うわっ、生々しいもんを出してきた……!


 大場くんの掲げた(ほぼ)現金みたいな賞品に、思わず慄いてしまう。


「福島屋のギフトカードだって……」

「あそこの二階にハウスオブコスモスあったよね? そこでも使えるやつかな?」

「使えるんじゃない? 私、ちょうどコスメ一式新調したかったんだよねー」

「私は日曜堂のケーキがいいなぁ……」

「でも、負けたらあれ着ないといけないんでしょ……?」

「けど、勝てば一万円だよ……?」


 しかし、その効果は絶大だった。


 福島屋といえば、誰もが知っている大手の百貨店。


 そこで売っている人気の化粧品からスイーツにまで使える一万円分のギフトカードは、まさに女子高生特効アイテムと言っても差し支えがなかった。


 これまで断固としてNOを突きつけてきた女子たちの中に、とにかく自分が勝てばいいんじゃないかという空気が広がっていく。


「え~、かわい~! 私、これ着た~い! やろやろ~! 面白そうだし~!」

「ちょ、ちょっと千里……それはまだいいけど他のがやばいでしょ……」


 その空気を更に加速させるような言動を行う高崎さんを、松永さんが諌める。


 確かにメイド服程度なら多少の恥ずかしい思い出として消費できそうだけど、バニーやスク水なんて着せられた日には一生忘れられない恥辱の日になるだろう。


「他って……別にあれもよくない? 私、前にも似たようなの着たことあるし……」

「あんたってほんとに……」

「ってことで私は参加する~! がんばるぞ~!」


 しかし高崎さんにとってはそうでなかったらしく、やる気満々で賛意を表明した。


「私もやろっかな。なんだかんだでまだ下位はほとんど取ってないし」

「じゃ、私も! 優勝で一万円は流石に見逃せないって!」


 それがダメ押しになったのか、他の女子たちも次々と参戦しはじめた。


 恐るべし、(ほぼ)現金の魔力……!


「ん~……じゃあ、私もかな……。商品券欲しいし……」

「お、おい……春菜……お前、負けたら皆の前であれを着るんだぞ?」


 皆に倣って参加しようとしている藤本さんに、修が心配そうに言う。


 彼女のあられもない姿を他の誰かに見せたくない。


 そんな想いを抱いてるのはよく理解できるけれど――


「別に、勝てばいいし……それに陸上のユニフォームみたいなものって考えれば全然平気……というわけで私も参加する……!」


 藤本さんは全く気にすることなく、参加を表明した。


 なんだかいつもないがしろにされてて、修が少し気の毒になってきた。


「で、光は参加しないの?」

「ん? 私? ん~……黎也くんは私があれ着てるのを他の人に見られてもいいの?」


 光にも参加の有無を尋ねると、やや訝しげにそう聞き返された。


「いや、見られてもいいってわけじゃないけど……」

「じゃないけど?」

「100%勝つから絶対見られないだろうし」

「何それ」


 俺の返答に、光がクスクスと笑う。


 このメンツなら何回やっても光が圧勝するので、俺には端から心配は無用だった。


 ……というわけで案の定、光は不参加(というより半ば除外された形)となった。


 その後、男女を合わせた話し合いの下でレギュレーションが制定される。


 競技を行うタイトルはマリモカート。


 クラスは50ccで、4つのコースを走って各順位によるポイント合計で勝敗を決める。


 もし、女子が衣装を着ることになっても撮影は禁止などの罰ゲームに関する細かいルールも。


 そうして、男子四人女子四人の1万円を巡った仁義なき戦いが始まった。


「さあ始まりました! 福島屋のギフトカードを賭けた夏のマリモカート大会! 実況は私! 朝日光が務めさせていただきます! そして、解説は――」

「えー……解説の影山です……これ要る?」


 一応、形式に則って挨拶すると『♥れいや&ひかる♥』コンビだと歓声が上がる。


 まだしばらくいじられそうだな……。


「いるいる! せっかくなんだから盛り上げていかないと!」


 光も普段よりも輪をかけてテンションが高くなってる。


 いつもはテニスでもゲームでもプレイヤー側だからか、本気で戦う誰かの姿を見るのが新鮮なのかもしれない。


「さて、早速ですがこの試合はどこに注目して見るべきでしょうか?」

「えっと……そうだなぁ……さっきまでのプレイを見てた感じだと実力はかなり拮抗してるからかなり白熱した戦いになると思う。で、その中で注目の選手を一人挙げるとするなら……高崎さんかなぁ……」

「……何? 千里が下位を取って、ああいう服を着てくれれば嬉しいってこと……?」

「え~……かげピ、そうなの~? じゃあ、わざと負けちゃおうかな~……」

「いやいや、違う……そういう意味じゃないから……」


 ギロッと怖い視線を向けてきた光に弁明しながら続けていく。


「高崎さんは下位から強いアイテムを何回も取って、試合を荒らして一気に逆転するパターンが多かったから……」

「なるほど~……つまり、台風の目になりうると?」

「そういうこと」


 俺の説明に光が納得する。


 さっきのレースでは最下位から連続でサンダーを取って、全員を轢き潰して一位になっていた。


 周りをかき乱す性質は現実のみならずゲームにも適用されるらしい。


「さあ、気を取り直して! 第一レース開始! まず、私が伝授したスタートダッシュを決めてトップに躍り出たのは松永選手だぁ!!」

「悪いけど、このまま逃げ切らせてもらうから!」


 レース開始と同時に、ロケットスタートを決めた松永さんが一歩抜きん出る。


 最初はあれだけ罰ゲームを嫌がってたのに、やるとなったら本気だ。


「続いて後ろには大場選手、藤本選手、山下選手と続き……スタートに失敗した高崎選手は先頭集団から大きく差を開けられて最後尾という陣形となっています!」


 妙に熟れた実況で光が戦いを盛り上げる中、早速レースに動きがあった。


「うわっ! ちょっと押さないでよ! てか、自分も落ちてるし!」


 女子の一人が別の男子の操作するキャラに体当たりされて二人共コースアウトした。


「も~……ありえないんだけど」

「くっくっく……」


 大幅なロスを受けた女子から罵声を浴びさせれながら、彼はただ不敵に笑う。


 それからも同じようなことが相手を変えて何度も起こった。


「ちょっとまたぁ……!?」

「わっ! 今度は私の方に来た……!」

「おーっと! ヨッピーを操る木上選手! ここで再びコースアウト! ピノヒコを道連れに奈落の底へ!!」


 彼は自分の順位に全く頓着せずに、女子組の邪魔をし続けた。


 時にはライン上に割り込むように体当たりしたり、時には下位で拾った強力なアイテムを使ったり……。


 一体何が目的なんだろうかと思った時、彼がチラッと他の男子に目配せをした。


 なるほど、そういうことか……!


 そこで俺は女子と男子では勝利条件が異なることに気がついた。


 個々が絶対に下位を回避しなければならない女子に対して、男子はそうじゃない。


 複数の女子を下位に送り込んでコスプレさえさせればいい。


 その結果、自分が最下位でスク水を着ることになろうとも……!


 多分、さっきルールを話し合っている間にこっそりと妨害役を決めていたんだろう。


 明らかなチーミング行為だが、それを禁じるルールは制定されていない。


 ここは男子組が一枚上手を行った、と口出しはせずに続く戦いを見守る。


「さあ! いよいよファイナルラップも残り半分! 一位は大場選手で二位は椋本選手! このまま波乱もなく男子二人がワンツーフィニッシュを決めてしまうのか!?」


 レースが終盤に差し掛かり、光の実況にも熱が入ってきている。


 しかし、男子たちの上位組と追い上げる女子組の間には妨害の成果もあってか大きな差がある。


 流石にここからの逆転はかなり厳しい。


 そのまま大場くんと椋本くんが逃げ切り、ゴールラインを割ろうとした瞬間――


「はるなああああああああッッ!!」


 修の操作するモンキーコングが真横から現れ、二人を奈落の底へと突き飛ばした。


「なっ!? 小宮!?」


 完全に虚をつかれて、素っ頓狂な声を上げる二人。


 一体、どこから? 俺たちの前には誰もいなかったはず。


 しかし、ずっとミニマップを注視していた俺だけは気づいていた。


 そう、彼は試合展開を見るや否や二周目の時点でゴールラインの手前に残って首位の二人が来るのを待っていたのだ。


 それで自分が周回遅れで最下位が確定するとしても、彼女の操を守るために。


 男らしいといえば男らしいんだけど……


「ここで小宮くんの強烈な側面攻撃が炸裂ッ!! 自分諸共首位の二人をコース外へと突き飛ばしたぁッ!! 刮目して見届けよ! これが男の生き様だーッ!!」


 光のプロレスのような実況に合わせて、リビングに大きな熱狂が湧き上がる。


 あー……もうめちゃくちゃだよ……。

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