第4話:放課後制服デート

 ホームルームを終えて放課後になるとすぐに、朝日さんは俺の下へとやってきた。


 目的はもちろん、朝の約束通りに俺と一緒に下校するため。


「それじゃ、行こっか」

「うん」


 鞄を掴んで、二人で教室を出る。


 並んで廊下を歩くと当然、嫌でも注目を浴びてしまう。


「うわっ……やっぱ、あれってまじだったんだな……」

「あの陰キャ……俺らに見せつけてんのか……?」

「趣味わる~……」


 そんなヒソヒソ声が嫌でも耳に入ってくる。


 居心地の悪い視線に晒されながら、廊下の角を曲がる。


 そのまま階段を降りようとしたところで、足を止めた朝日さんが口を開いた。


「やっぱり……気になる?」

「えっ? な、何が?」


 不意に投げかけられた言葉に戸惑う。


「私と一緒にいるとその……周りから変な目で見られたり、色々言われたりするのが影山くん的には、やっぱり気になっちゃってるのかなーって……」

「それは……その……」

「絢火も私は構わなくても、影山くんは構うって言ってたし……どうしてもダメそうなら学校では極力――」

「そ、そんなことはないから!」


 申し訳無さそうに、悲しげな表情を浮かべた朝日さんに慌てて取り繕う。


「いや、全く気にならないってわけじゃないし……確かになくはないんだけど……」

「だったらやっぱり……」

「それでも……一秒でも長く二人で一緒に居たいのは、俺も同じ気持ちだから……」

「……うん、私も」


 俺の言葉に彼女は半歩身体を寄せて応えてくれる。


 再び歩き出して階段を降り、昇降口を通り抜け、校門を出る。


 学外へと出て、学生の数が少なくなってくると嫌な注目も自然と少なくなる。


 そうしてようやく一心地ついた気分になると、今度は隣が気になってきた。


 制服姿の朝日さんが、並んで隣を歩いている。


 最も見慣れた姿ではあるが、最も遠い存在だった時の姿でもあるので妙な感覚だ。


 カジュアルな私服も似合ってたけれど、制服姿も抜群に可愛い。


「ん? どうかしたの?」


 横目で見ていたのがバレたのか、キョトンと首を傾げられた。


 そんな所作一つを取っても愛らしすぎて、顔面が急速に熱を帯びる。


「いや……このまま直行で俺の部屋に行くのかなーって……」

「う~ん、そう言われれば確かにちょっとだけ勿体ない気もするね。せっかくのデートだし」

「デート……?」

「うん、デートでしょ? 放課後制服デート」


 さも当然のように、朝日さんはそう言い切る。


「実は結構憧れてたんだよねー。彼氏持ちの子たちが話してるのを聞いたりしてると、羨ましいなーって」

「へ、へぇ……そうだったんだ……」

「うん。そうなるとやっぱり、どこかに寄っておきたいよね……あっ、そうだ! それならちょうど行きたいお店があったんだった! えーっと、確かこの近くだったような……あった! こっちこっち!」


 少し先に走った彼女が、振り返って大きく手を振る。


 デート、そうか……これってデートなんだ……。


 専門店に行った時のデート的な何かではなく、本人公認の正式な制服デート。


 俺の人生で、まさかそんなイベントが発生するなんて考えたことがなかった。


 彼女の先導で連れて来られたのは、駅前に新しくできたスムージーの店だった。


 俺が一人なら絶対に来ないような小洒落た店構え。


 人気があるのか、平日のこの時間でもそこそこの列が出来ている。


 列に並んで雑談をしていると、十分程で俺たちの注文の順番が回ってきた。


「ストロベリーバナナを一つお願いします!」

「じゃあ、俺はトロピカルマンゴーを一つ」


 予め決めておいた品を頼んでテイクアウトする。


 飲食スペースはなく、飲み歩きを前提とした店らしいが近くにベンチがあったのでそこに二人で並んで座る。


「ん~……美味し~……」

「うん、美味しい。砂糖控えめだから果物の自然な甘さが際立つっていうか」

「流石は飲食店アルバイト。味の感想が堂に入ってるねぇ~……」


 一杯七百円のスムージーを飲みながら、二人でそんな軽口を交わす。


 これまでの自分なら――


『果物をミキサーで混ぜただけで一杯七百円とか高すぎだろ。Streamのセールなら同じ金額で一ヶ月は死ぬほど遊べるぞ』


 とか考えてた……というか今も若干思っている。


 けれど、この体験も込みの金額であれば非常に安いとさえ思えてきた。


「ん? どうかした……?」


 自分にとって望外の幸福を噛み締めていると、隣からじっと手元を見られているのに気がつく。


「そっちのも美味しそうだなーって。実はどっちにするか最後まで悩んでたんだよね」


 1.いいだろ? でも、あげないぞ。


 2.ここで待ってるからもう一杯買ってくる?


 3.だったら、一口飲む?


 露骨な誘い受けに、頭の中で選択肢が表示される。


 どう考えても正統派ヒロイン相手の好感度的には『3』一択だけれど……。


「一口貰ってもいい?」


 悩んでいる間に、向こうから逆に提案される。


「い、いいけど……」

「じゃあ、代わりに私のも一口どうぞ!」


 手に持ったまま、ストローの飲み口が差し出される。


 こうなればもう已む無しだと、交差させるような形で自分も差し出す。


 朝日さんが、さっきまで俺が飲んでいたストローを躊躇なく咥えた。


 こくこくと喉を小さく鳴らして、スムージーが嚥下されていく。


「……飲まないの? もしかして、イチゴかバナナが苦手とか?」


 ストローの先端を見たまま固まっていると、怪訝そうに尋ねられる。


「いや、そういうわけじゃ……」

「だったら、はい」


 更に近くに差し出される。


 視線はストローの先ではなく、彼女の瑞々しい桃色の唇へと吸い寄せられてしまう。


 陽キャ歴が長いと、やっぱり回し飲みくらいは普通なんだろうか。


 粘膜の間接的な接触に対して、何かを気にしている素振りはない。


 だったら俺も行くしかないと、意を決して差し出されたストローを咥える。


 永遠にも感じるような、世界一長い一口。


 高鳴る心臓の鼓動が耳の奥に響く。


「どう? 美味しい?」

「う、うん……美味しかった。イチゴの甘酸っぱさとバナナのまろやかさが絶妙にマッチしてて……」


 それっぽく答えるが、本当は別の甘酸っぱさのせいで味は全く分からなかった。


「でしょ? そっちも美味しかったから今度来た時はそれにしよーっと」


 そう言って、再び自分のを飲もうとした朝日さんだったが――


「……あっ」


 何かを思い出したかのようにストローから口を離し――


「これ……よく考えたら、間接キスしちゃってるね」


 少し照れたように、けれどどこか確信犯的にも見える小悪魔的な笑みを浮かべた。


 FATALITY.


 彼女が放った即死技に、俺はただ悶えることしかできなかった。



 ****



「おじゃましまーす!」


 鍵を開けて自宅の扉を開くと、朝日さんは一目散に室内へと飛び入った。


 続いて入った俺が靴を脱いでいる間に、今度はベッドへと半ばダイブするような勢いで飛び込む。


「ん~……久しぶりに来るけど、やっぱ落ち着くなぁ~……」


 上体をベッドの上に投げ出し、ゴロンと無防備に寝転がる朝日さん。


 これまで以上に、まるで自分の部屋かのように寛いでいる。


 その姿を見ると、彼女がここにある種の聖域だと感じてくれているようで嬉しくなった。


「先週の土曜は大会で来られなかったから……ちょうど十日ぶり?」

「うん、それまでは毎週来てたから三日伸びただけですっごい久しぶりの気分。お前も元気にしてたか~? そうかそうか~」


 楽しそうに、ベッド脇の『でっかわ』ぬいぐるみと話している。


「さて、それじゃあ今日は何する? 前の続き?」


 自分も椅子に座って、パソコンのスリープ状態を解除する。


「ん~……どうしよっかなぁ~……」


 寝転がったままコントローラーを握り、テレビに表示されたライブラリの画面を送っている朝日さん。


 前回来た時にやったバカゲーはまだクリアしていない。


 今日はあの続きをやることになるだろうな、と考えていたが――


「あっ、そうだ! いいこと思いついた!」


 上半身を起こした朝日さんが、何かを閃いたように声を上げた。


「いいこと? 何かやりたいタイトルでもある感じ?」

「んーん、そうじゃなくて……私と影山くんで対戦するってのはどう?」

「対戦……? ゲームでってこと?」

「うん。だって、協力プレイは結構やってきたけど対戦したことは一度もなくない?」

「言われてみれば確かに」


 フルーツゲームの時もクレーンゲームの時も最初は競争していたが、途中からは二人で協力する形になっていた。


 それ以外も朝日さんがソロプレイのゲームをするのを眺めているか、協力プレイのゲームしかやっていない。


 唯一やったと言えるのは、ゲーセンでのエアホッケーくらい。


 しかも、あれは俺の惨敗だった。


「じゃあ受けて立つよ。どのタイトルでやる?」


 予想外のリベンジの機会に、ゲーマーとしての魂が燃え上がってくる。


「うーんと、そうだなぁ……交互に好きなのを選ぶのはどうかな?」

「いいね。なら公平を期すために、どっちもプレイ済みのゲームか、もしくは未プレイのゲームにするってことで」

「そうだね。それともう一つ……せっかくだから勝負の緊張感を高めるために……」


 俺に向かって指を一本立てる朝日さん。


 彼女はまた小悪魔的な笑みを浮かべると――


「負けた方が、勝った方の言うことをなんでも一つ聞くってのはどう?」


 こっちが本題と言わんばかりに、ニヤリと笑った。

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