ブッシュ・ド・ノエル

智bet

キツツキ

17歳、青春冬まっさかり。


しかし俺の芽はまだ出ない。


冬だから当然かもと思うけどそうじゃない。


文化祭では出し物の準備を夜遅くまで黙々と手伝い、


体育祭ではとりあえず応援団に所属し、


修学旅行では無難なスノーボードテクを見せ付け、


授業中には木枯らしの吹く窓の外を物憂げな表情で、顔のライティングを意識したポーズをとりながら隣の密かに狙っているミーアキャットの女子に見せつけ続けた。


結果として、見せたはいいが奥ゆかし過ぎる俺の隠された魅力を俺からは主張することなくあくまで向こうからに気づいて気にかけてもらおう、という魂胆は何一つハネることなく2学期を終えてしまった。


ロンリーウルフのまま冬休みに入り、(俺はヤマネコ)大学受験に縛られることのない最後のクリスマスイブだというのに俺には恋人もいなければ恋人が“できる”予定だったせいで数少ない友人ともなんの約束もしていない。


行く宛てもなくて、かといって何もしないのはさらに虚しいから近所の市民体育館でやっている木工品展をなんとなく見に行った。


もちろんクリスマスイブのこの日にストーブすらつけていない極寒で、ワックスとニスの香りばかりするようなカビ臭い場所に若いカップルが来るわけもなく美少女がいるでもなく客は、‘’私?私の連れなら先に死にましたがね‘’と言われても不思議じゃないら毛がしおれて毛先も白くなったジジイとババアがまばらにいるばかり。


「(案の定クソつまんねぇな…)」


売る側も惰性でやっているのか、売れないとわかっているのか、通りがかった俺をチラ見するだけでスマホをいじっていたり、商品を並べただけで誰もいないブースすらある。


田舎特有の、金が動くかも分からない、需要もあんまりない活気の欠けたイベントって感じ。


出品者は本当にこれで飯が食えるのだろうかとつい疑ってしまう。


イブにこんな場所へと来る俺も俺だけど、この冷え切った空気はいててあんまり楽しいもんでもない。


よくよく見れば綺麗な模様が彫られた椅子も、もう少し明るいところで展示されて誰かに座られたり部屋に飾られていればそれなりによく見えるだろうけど、これじゃ無駄に値の張るガラクタにしか見えない。


…一周したら帰ろうか?寝た方がマシだ。


そう考えながらノロノロとブースを回っていたところ、あまり目立たない隅のところに、それはあった。


10cmほどのサイズだろうか?小さいけど、かなり精巧に作られた木彫りの人形。


おままごとに使うには少し勿体ないくらい滑らかなボディラインをした、ワンピースを着た白いネコが空に手をかざしているポーズを取っている。


身体、というよりも肢体、と表現するべきだろうか?他にも頭から血を流しながら抜けた自分の角を抱きしめるガゼル、己を抱きしめながら針を外に向けるハリネズミ。ベンチに座ってアイスを舐めながらスマイルを浮かべるサモエドなど、さまざまな喜怒哀楽を浮かべた獣人たちの人形たち。


目の部分に重なった木目なんて気にならないほどいいデザインをしているのに、展示する気はさらさらないのか机も出さず床に新聞紙だけを敷いて無造作に並べているから普通なら目に留まることは難しいだろう。


それに、売る側がこれじゃあな~…


「えくしっ!いっくしゅ!だっしゃっ!」


遠慮のないドデカいくしゃみが3連発で聞こえると、先程から目にはついていたけど置物かなにかだと思うほど動きの見えなかったその黒い塊のような鳥人が、どうやら売主のようだ。


しかし完全にこちらに背を向けてもぞもぞとなにかしており、商売でありながら接客という行為を完全に放棄している。


というか、客に背を向けるってどうなんだよ。


眺めていた人形を1つ手に取り床に置くと、ことりという音に反応したのか急に意識が戻ったかのように顔を持ちあげた。


そのまま腰に手を当てて思いっきり上体を反らしてストレッチを始めると、真後ろまで見えるほど首をそらしたタイミングで黒い鳥人は俺と初めて目が合う。


「あぁ~…ああぁ?え、何見てんの?」


「…一応客なんですけど…」


完全に俺に無関心だった、全身黒い羽毛に身を包み、衣服までもが黒く、唯一目立つきれいな赤毛の髪をしたキツツキは今度は俺に正対した状態でもう一度大きくくしゃみをすると、思い出したかのように羽を向けた。


「…あー、長尾ナガオじゃん。」


クリスマスイブ、街の隅でひっそり開かれた錆びたイベントのさらに隅っこで可愛い木彫り人形を作っていたやつの正体は、同じクラスで年が明けたらこの町から引っ越す予定のキツツキ男子、妻夫木ツマブキだった。


______


一、二学期をクラスで一緒に過ごす中でツマブキになんとなく抱いていたイメージは、あんまり目立たないやつ。


元々鳥人には奇天烈な羽模様を持っていることもあってか芸術家肌みたいなやつが多くて、独特の感性をしていることが多いから集団の中だと割と目立つんだけど(悪目立ち含め)、その点ツマブキは手先が器用で文化祭の準備の時にちょっと活躍した程度だった気がする。


勉強も運動も特に突出していたイメージは無いし、クラスの連中とも程々の距離で接していて、とりあえずいつも1人ではなかった。


『冬休みが明ける頃に埼玉の方に引っ越すことになりました。皆さんとの思い出を胸に、向こうでも頑張ります。』


箸にも棒にもかからない、クラスの連中も30分すれば忘れるであろう、ツマブキという存在を象徴するような最後の言葉を残して呆気なく別れを迎えたのが一昨日の終業式の日だった。


「…久しぶり?」


「一昨日ぶりだね。」


箸にも棒にもかからないような付き合いしかしなくて別れを告げられた後は一生会うこともないだろうと既に記憶から抜けかけていたクラスメイトと数日ぶりの再会。


しかもクリスマスイブのこの日に、この錆びたイベントで、男一人で。


別にそんなに仲良くもなかった男と。



★僅かに思い出されるツマブキとの楽しい会話★


『公民無理くね?』

『それ』




「(なかなか地獄だし…だからといって今、俺行くから、じゃあなっ!て逃げるわけにもいかない感じになったな…。)」


ツマブキも俺と同じく微妙な空気を感じているのか、目を合わせることも無く自分が散らした木くずを箒で集めたりして互いにしばし無言の時間が流れる。


思えばお互い、コミュニケーションにおいてアクティブな方じゃないし、当たり障りのない生活をしていていてあまり主張しないやつ同士の会話とはこうもやりづらいもんかね。


ツマブキもきっとそう感じているだろう。


クラス全員のメッセージが書かれた色紙に俺がどんなメッセージを書いたか妻夫木はおそらく覚えていまい。


俺も覚えていないくらいだし。


とはいえ、こんな所で暇そうに人形を眺めていた俺がじゃあ、俺行くから!向こうの町でも頑張れよ!と言い残してさらりと出て行けるか?


クラスメイト総勢36名がツマブキに別れを告げるのと、向き合っている俺だけで別れを告げるのは俺がもたらす何かの重みが違いすぎる。


こいつが引越しさえしなければ、クリスマスにお前も大変だな、頑張れよ!で済んだだろうが、今このタイミングで帰るのはなんとなく失礼な感じがするし、負けた気になる。


しかし現状、気まずさは次第に増していくばかりなのでせめて話題を…キャッチーかつその後の会話に繋がるような…やっぱこれだよな。


話題になりそうな人形ををチラチラと見て探していると、ツマブキの手に握られていたサンタ服のトナカイの人形に目がいく。


「あ、それ…ツマブキが彫ったん?」


「うん?ああ、サンタね。客も来ないし暇だから、まぁ手遊び…じゃないな。お口が寂しくて。」


「?」


「ほら、俺、キツツキだし。」


そう言うと、ツマブキは目を閉じて嘴を人形の口元に持っていき、木彫りのトナカイと躊躇なく口を重ねた。


「…えっ、わっ。」


ツマブキがの持つ鋭い嘴がトナカイの顔をなぞり、ぱらぱらと削れた粉が溢れ出す。


量の翼で人形の体を支えながら時折身を捩り、何度も唇を重ねるように動きながら削り出していく。


何秒の出来事だったのか?ツマブキが嘴を離すと、トナカイサンタの口元にはにっこりとした笑みが浮かんでいた。


それを見て、嬉しそうに微笑むツマブキ。

クラスでは見せた記憶のない笑顔だった。


なんか…


俺に別にそのケは無いけど…




………ツマブキ、なんか、エロい……



「ツマブキ…なんか、キスとか上手そうだね。」


「はぁ?」


顔を赤らめ素っ頓狂な声を上げるツマブキ。


「いや、今の感じ…前戯とかも上手そう。」


「いや、知らんけど…。俺童貞だし。」


お?ツマブキって一応下ネタいける口か。


「この人形たちもそうやって作ったん?」


自分が童貞であることは伏せたまま人形を1つ手に取り、指でなぞる。


「…まぁね、引く?」


「いや、ただただすげえなって。」


今手に取っているサンドイッチをぱくつくウサギの人形も、さっきまでは少し凝っただけのものという感じだったのに、さっきのアレを見た時から表情が幾分か柔らかくなったような…体温まで感じられそうなあたたかみを感じる。


「一応毎日マウスウオッシュはしてるけどね。」


「気にしてないって。」


話したこともあまりないクラスメイトのこんな特技、さっきの顔、意外と軽口を叩けること。


「なぁ、ツマブキ。今日いつまでここいんの?」


「え?うーん…会自体は16時までだけど、客も来ないしそろそろ畳もうかなと思ってたとこ。」


「そんならさ…見てのとおりイブなのに俺すげぇ暇してんだよね。だからさ……どっか遊び行かん?」


ろくに話したこともない元クラスメイトからの突然の誘いに面食らったツマブキは、しばし俺の顔を見た後に片付け手伝ってくれたらいいよ、と言って箒を渡した。


12月24日、クリスマスイブ。


引越しの別れを告げられ、特になんの進展もない関係の終焉を迎えた元クラスメイトのこのキツツキに、俺は今更ながら興味を持ち始めていた。



______


昼下がりの寒空の下、ママチャリを押しながらツマブキと歩く。


あんなにも存在感を持っていた出品していた人形たちは自分が思うよりも実際は小さかったみたいで、荷台に括りつけたダンボール1箱に全て収まってしまった。


とりとめのない話をしながらツマブキの住む借家に向かい、ダンボールを置いてとりあえずラウワンへと向かう。


2人で出かけたはいいもののまだどこか照れくささが残っていたのか、2人で黙々とダーツを投げた。


実力は拮抗していてカウントアップで勝った負けたを繰り返し、ふと思いついたのかツマブキは矢に自分の羽をつけ始め、すると得点は飛躍的に伸びた。


俺も負けじと長い尾で器用にダーツを掴み回転投法をしたが、あらぬ方向に飛んでいくばかりでそれを見てツマブキも俺も笑った。


笑いを共有したことで互いにスイッチが入り、ローラースケートを乗り回し、カラオケでひたすらリンダリンダしたり、ツマブキが歌うテルーの唄で見せた意外な美声にやはり鳥であることを実感させられたりした。


不思議と今日はクラスメイトに会うこともなく、誰にも知られずただただ2人で楽しみ続けた。


______



あっちへ行って遊んで、こっちへ行って遊んで、いつの間にか夜になり、ジュースを飲みながら一息ついてると親からの着信。



「なんの電話?」


「なんかケーキ買って帰ってきて、だってさ。」


「あー、ね。…まぁ、時間も時間だしそろそろお開きにする?」


缶ジュースのフチを嘴で器用に挟みながら、ツマブキが言う。


「…そだな。」


足をプラプラさせているのは、まだ動き足りない…遊び足りないからだろうか?


「ケーキどこに買いに行くん?」


「無難にシャトレーゼやね。」


「間違いないな。…俺も一緒に選んでいい?」


今日で終わりだけど、今日始まったこの関係。


時を忘れるほどではないけど、何らかの理由があれば一緒にいるのは喜ばしい。


ツマブキが、俺に対してそう思って言ってくれたのだと思うのは、俺の傲慢だろうか?


「いいね。じゃあ帰りにちょっと付き合ってよ。」


______


「ツマブキってさ、あれいつからやってんの?人形。」


「あれは…物心ついた時からやってた。人には見せんけど。」


「へえ、なんで?めちゃめちゃ上手いじゃん。」


「まぁ、小学生の頃もあんな感じでやったらさ、あるだろ?口付けたら“キスやー!”“エロ!”みたいな感じでやたら騒がれてさ。」


「あー、まぁ俺もスマブラで女キャラ使うやつ似た風に言ったからなんか申し訳ないわ。」


「別にナガオが謝らんでもいいけど…。人前ではやらんようになったけど、まぁ別にすぐ言われんようになったしな。」


「今は平気なん?今日出してたけど」


「まぁ、ひっそり1人でやってるけどな。ノガケだって、今日気にしなかっただろ?大人になればみんな言うほど気にしなくなるしね。」


「(エロいなとは思ったけどな…。)」


「それに、今言われたところでゲイ術家だからな、とか流して終わりだよ。」


「ツマブキは大人なんだかガキなんだか分かんないな。」


「そりゃあ17歳だし?」


「それもそうか、ハハ!」


______


イルミネーションを施された店内に入り、ショーケースの中の色とりどりのケーキを物色する。


ドーム型のアイスケーキを美味しそうにながめる俺の隣で同じネコである5歳くらいの男の子もイチゴのたっぷり乗っかったホールケーキをキラキラした目で眺めていて、ツマブキがノガケはまだ子供にしか見えないな、と笑った。


悔しかったのでツマブキに3000円以内でケーキを選んでもらうとキツツキであるこいつは案の定ブッシュドノエルをチョイスしたので、これもキスするように食うのか、とからかい返してやった。


店を出ると田舎町の空はすっかり暗くなっていて薄く星が浮かんでいる。


「ツマブキ、」


「うん?」


「今日、ありがとうな。」


「いや、俺の方こそ最後にいい思い出できたわ。」


「向こうでも頑張れよ。」


「…うん。」


しばし無言で進み、そろそろ別れ道に着こうとしている。


「あー…」


「ん?」


「人形、やっぱ一体買っときゃよかったなって思ってさ。」


「なんだよ、気に入ってくれたの?」


「まぁまぁね。」


「そっか。なんか、嬉しいわ。」


もっと自分から話しかけてみて、こいつと遊んでみて、仲を深めていればもっと言えることはあったかもしれないけど今の俺にはこれくらいが限界だった。


泣くほどではないけど寂しさを抱えたまま、お互いに別れの時がくる。


「じゃあ、またいつか、な。」


「ちょい待って。」


何とか笑って去ろうとする俺を引き止め、ツマブキは少し悩んでうーんと唸り、やがて閃いたように顔を上げた。


「クリスマスケーキ、貸してよ。」


突然何を言い出すかと思えば予想外の要求をされたので俺が思わず首を傾げると、悪いようにはしないからさ。と言ってツマブキはガサガサと箱を開ける。


箱の中に手を突っ込み漁るツマブキを制止しようとしたが、その手には砂糖で作られたサンタクロースの人形があった。


「ライトで照らしててくんない?」


何をするのかと思いながらスマホのライトを手元に合わせると、ツマブキは目を閉じて、トナカイのサンタクロースに躊躇なく嘴を突き立てた。


握る手はしっかり固定するために力強いのに、嘴だけが大胆かつ繊細に砂糖菓子の人形を削り取っていく。


サンタ帽が、服が削ぎ落とされ、角を取り、形をならし、人形の全身が白くなってもまた削る。


口元からは削り出した白い粉がぱらぱらと舞い落ち、まるで粉雪のように見える。


そして、十字路の隅でライトを照らす俺だけが、それを見ることができた。

______



家に帰りつき、家族揃ってのクリスマスディナーはポテトサラダにマカロニグラタン。たっぷりのアジフライと俺の好物で揃えられた。


でも、クリスマスにアジフライて。


一瞬ツッコもうとしたけど母親の善意なのでやめておき、穏やかに食事を終えてデザートの時間をむかえる。


きちんとネコでも食べられるように調整されたブッシュドノエルを食べた。


俺はサンタの正体を知ってしまっているから父親から大事に使えとギフトカードを2万円分というなんとも色気のないプレゼントをありがたく頂戴し、ケーキは俺が片付けると言い、洗い物を済ませ、そそくさと部屋に戻る。


なんとなく、親が近くにいないことを確かめてから俺は密かに手に握った砂糖菓子の人形を電灯の下に置いて眺めた。


それは、尾の長さや耳の形、おれの顔の模様まで上手いことデフォルメしながら作り出した小さなネコの人形。


ツマブキからの最初で最後の贈り物。


「俺、こんな可愛く笑うかぁ?」


ツマブキによって彫り出された人形派屈託のない笑顔を浮かべており、聖夜にふさわしい清らかさすら感じる。


俺がこんな風に今日笑ってたってことかな?


そう思うと、あいつの顔もなんかこんな感じに笑ってたかもしれない。


こんな顔か?


「アンタ、何男が1人で人形見て笑ってんの?気色の悪い。」


部屋に洗濯物を持ってきた母親に気付かず不審がられてしまった。


「いいんだよ、こいつかわいいんだよ。」


「かわいいったってアンタ、虫寄ってくるんだからはよ捨てなさいよ。粉こぼれるし。」


呆れながらドタドタと部屋を立ち去る母親。


まぁ言うことは一理あるし、どうしたもんかねぇ。


ツマブキの顔を思い浮かべながら、少し考える。


少し考えて、今度こそ親が近くにいないことを確かめてから人形を口に放り込む。


この人形、ツマブキの嘴が触れたんだよなと考えるけど男同士でも回し飲みくらいするしな、と恥ずかしくないように置き換えて、自分だけの人形を自分だけのものにするためにガシガシと噛み砕く。


ツマブキ、もうちょっと仲良くしてみたかったな。


…3学期からはもうちょい頑張ってみるか。


「……これ、ゲロ甘いな…」


口内の砂糖を舐め取りながら、部屋で独りごちた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブッシュ・ド・ノエル 智bet @Festy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る