第1話  隷属の奴隷

 代り映えのない路地で、壁が赤に染まった。

「早く」

 報告を。壊れた声をこぼし、ぎこちない動きで歩く。



 あの日。適当に歩いていると、人の気配がした。

 振り返るが、誰も居ない。

(勘違い)

 視線を前に戻した、次の瞬間。

「っ⁉」

 目の前が真っ暗になった。

 ——ガシャン。

 金属の首枷くびかせが嵌められる。

 【奴隷どれいの首輪】。対象者は絶対服従を余儀なくされる。

 薄墨色うすずみいろの瞳はさらにせ、人形に早変わりした。




 人攫ひとさらいは、貴族の雇用者だった。利用価値を見出された結果である。

「此奴は使える」

 主は伯爵。少女は全てを掌握された。

 主は、己の気に障った者を殺せと命ずる。渡された写真から標的ターゲットを探った。


 『命令第一』。それが断ち切られたのは突然だった。

 主に呼び立てられ、駆ける。

「彼奴を殺せ‼」

 主が指す先には、黒服の青年がいた。

「あーあ、折角闇討ちしようと思ったのになぁ。優秀な奴隷人形の所為で台無しだ」

 肩を竦めた青年の眼が深奥に光る。少女は戦闘態勢になった。

「——でもまあ、言うほどじゃないね」

 死角から、手刀が撃ち込まれた。

 少女は呆気なく失神して、彼の手に落ちる。と同時に闇色の触手が伸びて、血が舞った。

「残念。この子は僕がもらってあげるねー」

 少女を横抱きにして、青年は窓から飛び降りた。

「さあ、どうしようかなぁ」



 ♢



 壁に体を預けて眠っていた少女は、気怠げに起きる。

「やっと起きた」

 ぼやけた視界の中で、人面が浮かぶ。青銀髪を細い三つ編みにした、中性的な青年だ。彼は不遜ふそんに笑い、それに合わせて金の耳飾りが揺れる。

 奴隷は、主が亡ければ新たな主を持つ。少女は目の前の青年を主と認めた。


「僕はルイ。ルイ・アズライールだ。君の主だよ」


 アズライール。世界が恐れる殺し屋一家。

「る、い」

 生気のない少女は不気味だ。虚無の瞳は、何もかも掴めない。

 空っぽでも命令を聞く。

 そんな中、コンコンとドアを叩く者がいた。

「入りますよ」

 ノブを捻る音。

「母さん」

 シャーロット・アズライール。黒いドレスで、赤髪に黒目の貴婦人だ。

「誰なんですのその子は」

 扇で口元を覆う。

「僕の奴隷だけど?」

「奴隷、と言いまして?」

「そう、奴隷。何か問題ある?」

「問題大ありでしてよ! まず其処のあなた、磨けば少しはマシになるかもしれなくもなくもなくもないのにね、残念なこと」

 ルイはやれやれと溜息を吐いた。

「この子は私が借りていきます」

 一変して笑むシャーロット。

 シャーロットにつまみ上げられ、少女は彼女の手にぶら下がる。

「まあいいや。いってらっしゃい」

 人形は、その言葉に何も示さなかった。

 ルイはルアの首枷に触れ、つ——と首筋をなぞる。

「いい? 〝君は僕の奴隷だから、独断で勝手に動くことは許さない〟」

 すっと無表情になってから、ルイは冷笑を浮かべた。

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