イカイザンカイ

黒石廉

プロローグ

00 抜き身を持つヒト

 「この聖なる木立の中にはある一本の木が生えていて、そのまわりを一日中、おそらくは夜遅くまで不気味な人影がうろつき回っている。彼は手に抜き身の剣をたずさえ……」(J. G. フレイザー 『金枝篇 第1巻』 国書刊行会より引用)


 淡く輝く刀身をもつ刀を下げた男と目があった。

 

 闇夜に溶け込むかのような黒髪と対照的な真っ白い肌、切れ長の目の中は髪とは異なり赤みを帯びている。

 やや長身で痩せた体と細長い手足は執事の服でも着せたら、さぞかし人気がでることだろう。わたしは同級生の顔を何名か浮かべる。みんな、絶対通い詰めるに違いない。

 でも、男が着ているのは三つ揃えのスーツではなく、黒い狩衣かりぎぬだ。

 わたしが動けないのはさきほどまで眼前にあった恐怖のせいか、それとも眼の前の怪しくも美しい男に魅了されてしまったせいなのだろうか。


 「森の王?」

 わたしはこの前の講義で聞いた話を思い出した。

 抜き身の剣を片手にネミの森を徘徊するディアナの司祭。

 彼はわたしが見たこともないディアナの司祭のようだった。


 狂気に満ちた美しい司祭の化身はわたしの言葉に微笑む。


 「もし、僕になにかあったら……あなたが私を斬ってくださいね」


 ポムが尻尾をふって応えた。

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