その地は「道」となった

神楽堂

第1話 旅をしたい!!

「俺も旅をしたい!」


目の前を通り過ぎる大勢の旅人たち。

旅をしている人は、みんな楽しそう。

旅ってそんなにいいものなのか。よし、俺だっていつかは「旅」をしてやる!


武四郎たけしろう! いつまで外を眺めているの? さっさと寺子屋に行きなさい!」


「はい、母上」


俺はまだまだ子供。

今はしっかり勉学に励むしかない。

そして、いつかはみんなみたいに旅をする!


寺子屋に向かう途中の道でも、大勢の旅人とすれ違った。

それもそのはず、俺が住んでいるのは伊勢いせ

お伊勢参りなら関所も通過しやすいということもあり、日本中の人が「お伊勢参り」をしに来るのだから、伊勢に住んでいて旅人に会わない方が無理というもの。


俺が十三となった年、お伊勢参りをした人は一年間で五百万人もいた。


こうして、俺は旅への憧れを持ちながら文字の読み書きや絵画を習得し続け、ついに十六となった。

庄屋の息子なので、文字も習わせてもらえたし食べるものにも困らなかった。

しかし、自分で自由になるお金なんてまったくなかった。



それでも、俺は旅に出たい!!



お金なんてなくても、道中でなんとかなるだろう。


衝動を抑えきれなくなり、ついに、親に無断で旅に出てしまった。


* * *


親は心配するだろうから、届け賃は着払いで旅先から手紙を出しておいた。

手紙にはこう書いた。


「江戸、京、大坂、から天竺てんじくを見てきます。

 私の部屋にある物は、そのまま置いていてください。

 けれども、その中身は勝手に見ないでください」


東へ東へと歩き続け、ついに江戸へとたどり着いた。



しかし……



俺の居場所は親にすぐ分かってしまった。

江戸にはお伊勢参りをする人がたくさんいる。

親は、江戸に松浦武四郎まつうらたけしろうという男がいたら捕まえて伊勢に連れてきてほしい、と、お伊勢参りの旅人たちに頼んでいたのだった。


わずか1ヶ月で、この旅は終わってしまった……


もちろん、こっぴどく叱られた。


「武四郎! から(中国)や天竺てんじく(インド)がどこにあるか、分かっているの?」


「え? 海の向こうですよね?」


「……」


親はなぜだか呆れてしまっていた。

もっとも、その後、地理を学んだことでこの旅の計画がいかに無謀であったかを思い知ることとなった。



それから半年後……


* * *


やっぱり旅に出たい!!



こうして俺は再び、無一文で旅に出てしまった。



俺は歩いた。

北は津軽、南は薩摩まで旅した。

四国ではもちろん、八十八ヶ所巡りをした。



お金を持たないで日本中の道を旅するのは大変であった。

しかし、不可能ではなかったのだ。



さて、今晩の泊まるところはどうしようか。

俺はその土地の人に話しかける。


「あの……伊勢から参った者ですが……」


「なんと! あのお伊勢さんの伊勢からですか! まぁ、こんなところまではるばる、よくお越しになりましたね」


伊勢という地名を知らない者は、ほとんどいなかった。

なにせ、「一生に一度はお伊勢参り」と言われている。

関所のせいで自由に旅ができないこの世の中で、お伊勢参りは庶民の大きな娯楽でもあったのだ。


お伊勢参りをしたことがある人からは、


「伊勢の人は私のような旅人にとても親切にしてくれました。お陰様でとてもいいお伊勢参りができました。ここで伊勢の方に会うのも何かの縁でしょう。どうか、あの時のお礼をさせてください」


と言って、俺を泊めてくれたり、食べ物を恵んでくれたりすることが多かった。


また、お伊勢参りをしたことがない人からは、


「いつかは伊勢に行ってみたいと思っております。どうか、伊勢の話を聞かせてもらえませんか」


と、これまた親切にしてくれることが多かった。

伊勢に生まれて良かった、としみじみと思うのだった。


こうして、泊まるところや食べるものを工面しながら旅を続けていった。


* * *


中には、お伊勢参りに関心がない人もいた。

そういうときは、俺の特技を使うのだ。


「あの……ハンコ、いりませんか?」


俺は手先が器用だ。

ハンコをその場で彫って売り、小銭を稼ぐことができた。


また、書の道にも通じていたので、書いた字を買ってもらったこともあった。


俺は絵の道にも通じていた。

絵というのは、描けない人は描けないものらしい。

人の顔も風景も、頼まれたものはなんでも描いた。

みんな、喜んで買ってくれた。


こうして、行く先々で特技を生かしてお金を稼ぎ、日本中のほとんどの道を歩くことができた。


旅に出てから、すでに四年の歳月が過ぎた。

次は異国を旅してみるとするか。

鎖国をしているので、異国に行くなら長崎に行くしかない。

そこでは、清国や阿蘭陀オランダとの交易が行われている。

うまくいけば、異国に渡れそうだ。


* * *


しかし、その計画は頓挫した。

体調を崩してしまったのだ。



行き倒れになった俺を看病してくれたのは、長崎のお坊さんだった。

お金も何も持っていない俺の命ですら救ってくれた仏の道。


感動した俺は、仏道に入った。

旅人を辞めて、僧侶になったのだ。


こうして、長崎でお釈迦様の道を説く毎日を過ごしていたある日、伊勢からの便りが届いた。

まさか、帰ってこいというのでは……?


伊勢からの便りによると……


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