第2話 苛烈なる姫
純粋な怒りの表情にも見惚れそうになるが見惚れたら脳天をかち割られる。
「ちょっっちょまてって、無断で見たのは謝るから」
暴風雨のように襲い掛かる杖の一撃を後ろに飛んで紙一重で躱せたが、少女は勢いのままに回って遠心力を乗せた一撃を息つく暇無く振るおうとする。
後ろに逃げる限り終わりそうにない連擊。ならば俺は今度は後ろでなく前に踏み込み少女が杖を振り回すより早く少女の腕を押さえる。こうなってしまえば純粋な筋力勝負、そのまま少女を力で押す。
「ぐぐっ」
押し倒してしまおうとしたが少女は見た目に寄らず力があり簡単に押し倒せず相撲のごとき力の押し合いが始まる。
だが動きが止まった状況なら相撲だろうが寝技だろうがどっちでもいい。
「なあ何か誤解があるようだし話し合わないか」
「これで私を手籠めに出来ると思うなっ」
野獣の如く猛り荒々しい。
やはり女性を押し倒そうとしたのはどんな理由があろうともまずかったようだ。これで俺の好感度はマイナスに振り切れた。
怒りに染まりすぎた少女の耳に俺の話なんか入っていかない。
どうすればいいと思っていると、少女はふっと力を抜いて自ら背後に倒れつつ俺の腹に足を付けた。
まずいっと思ったときには俺は巴投げの要領で投げ飛ばされた。だが俺も然る者投げ飛ばされつつも受け身を取って直ぐさま立ち上がる。
!?
少女は杖を構えバレエのように爪先立ちになると背筋を真っ直ぐ伸ばした体をトトットトッと回していく。
一見変な構えだが迂闊に踏み込めばバネが弾かれるように杖が跳ね飛んでくるのを感じる。俺が直ぐさま襲い掛かると思ってとったカウンターの構えのようだが俺にとっては好都合。
「まっ待て確かに勝手に君の舞を見たのは不躾だったかも知れないが、そもそもここは立ち入り禁止になってなかったはずだ。偶然立ち寄った俺に見られたのは君にも瑕疵があるはずだ」
一分の隙も無い法廷で罪人を完璧弁護できそうな理論を俺は訴える。
「世迷い言を。ならなぜ魂を奪った」
「いや魂って何?」
「白々しいことを私を惑わすか」
トトットトットンッ
回っていた少女の姿が消えた。
俺が直ぐさま上を見ると、少女はゼンマイ仕掛けのような円運動からバネのように上に跳ね飛んだのだ。
クルクルクルと錐揉みする蹴りが頭上より俺の顔面に迫ってくる。
下手に避けたら狙い澄ましたように杖が直ぐさま襲い掛かってくるだろう。それに少女相手に防戦一方というのは美しくない。ここらで一度出来るナイスガイというところを見せてやろう。
武をもって対等を示す。しかる後に対話が始まる。
昔の蛮族かよ。
向こうが天空を利用するなら俺は大地を利用しよう。
「はっ」
俺は足を蹴り上げ、蹴りで蹴りを受け止めた。
「なっ」
蹴りで受け止められるとは思ってなかった少女の顔に驚愕が浮かぶ。
勝負はここだ。
「はっ」
天空の力は速いが一瞬、大地の力は継続的。俺は軸足から勁を回して更に蹴り込み少女を跳ね返した。
鳥のような少女だが虚を突かれ着地は崩れた。俺はすかさず腰を落として足払い。ここで完全に少女の足を奪うつもりだったが、少女は不敵に笑う。
?
トンと軽く飛んでくるっと回って少女は俺の足の上に着地した。
体勢が崩れたように見えたのは誘い!?
「はっ」
少女はいつの間にか杖を手放していて腰に差していた小刀を居合いの如く一気に俺の喉元に突き付けた。
冷たい刃先が俺の喉仏に当たる。
白波のような波紋が見える刃は鉈のように分厚く鍔は無い。本来は戦闘用というよりサバイバルナイフのような作業用なのだろう。
「魂を返しなさい。そうすれば命までは取らないわ」
少女は俺を射竦め刃と一体と化して真っ直ぐに死を突き付けてくる。
この極限にまで張り詰めた死の空間でしか為し得ない美に御簾神が上がっていく。
一瞬の静寂の後俺は心のままに言葉を漏らした。
「美しい」
ああなんて人間の言葉とは陳腐なのだ。矮小たる概念、俺はいつになったら神の如き美の概念を手に入れられるのであろう。
だが確かに今御簾神は少し開けられた。ひょっとしてこの少女となら御簾神を開けその先を見ることが出来るのかも知れない。
「何を言っている私を愚弄するかっ」
少女は烈火に俺を睨み付け、冷たい切っ先が俺の喉を押してくる。もう少し力が加われば喉を突き破るだろう。
「その現代人が忘れた苛烈さ、それでいて秘めた優しさ。何が君をそんなに美しく駆り立てる。俺は君に夢中だぜ」
美を前に俺は無力でいて後悔はない。いやあるか、もう少し彼女とワルツを踊っていたかった。あの蹴りを無様を晒しても避けておくべきだったか、いやそれでは折角の彼女とのワルツが台無しだな。
「喉元に刃を突き付けられて本気か」
プチッと切っ先が皮膚を破り血が流れるのを感じた。流れる血の生暖かさが俺の生を実感させる。
この少女には死と生を両方を突き付けられたことになる。
「美を前にして虚飾はない」
少女の目が俺の目を覗き込み俺もまた少女の嚇灼に染まる美しい瞳に魅入ってしまう。
美を見て美に見られるなんて俺にとって最高の死に場所かもしれない。
「虚飾じゃ無いと言うなら君が美しいと言う私を前にしたんだ素直に魂を返しなさい」
「だから魂って何のことだよ。そういうのは神父か坊主にでも尋ねてくれ」
魂。
神が人という造形物に込めたもの。
さぞや美しいのだろうな。
だが人は魂を直接見ることは出来ない。魂を体現する魄たる肉体を通して幻視するのみ。
そういった意味では少女の魂は太陽のようなんだろうな。
「貴方は何でこんな所に来たの?」
少女の目が少し和らいだ。
おっ初めて俺の話を聞く気になってくれたかな。
「この地にお宝が眠っていると聞いたからな探しに来たまでだ」
「墓荒らしか」
「随分と古風な呼び方だな、人聞きが悪い。トレジャーハンターと言ってくれよ」
本当かどうかと見定めようと少女は更に俺の瞳を見る。
やがて喉元に突き付けられていた小刀が引かれ彼女の顔から険が取れた。
「私の勘違いだったようです。その点については謝罪します」
少女は素直に自分の非を認め俺に頭を下げた。
苛烈だが純粋でもあるから心に余計な傲りが無いんだろうな。
兎に角良かった誤解は解けたようだ。こんな少女と本気の殺し合いなんてご免だからな。これも普段の俺の行いがいいからかもしれないな。
「でもね。神事である邑葬の舞を無断で覗き見たこととそれと関係無いよね」
ふっと俺が気を抜いたタイミングを見計らったかのように少女は俺を試すかのごとく質問を挿し込んでくる。
どうやらこの回答が分水嶺になりそうだ。
「まあその点については申し訳なかった」
ここはナイスガイらしく素直に謝っておく。合理的に言って俺に何の非も無いと思うけどな。まあ古来より神話は理不尽なものであり、人に神の御心は計り知れない。
それにナイスガイはくだらないことで美しい女性と争わないものだ。
「よろしい。では罪を償って貰います。
あなた、私の従者になりなさい」
少女は満足そうな笑みを浮かべ高らかに命令するのであった。
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