御簾神を開ける

御簾神 ガクル

第1話 開幕

 美とは神の欠片である

 美を求めることは神を求めること

 美を生み出すことは内に眠る神の発露

 美の果てに、人は神を見る


 緑輝く山々の稜線が重なり描かれる青空のワイングラスに注がれる雲。

「神の美に乾杯」

 俺は木々の晴れ間から見える神のグラスに水筒を掲げ水を呑む。

 美しい。

 神が生み出した芸術は美しいの一言。

 だが俺は神に劣る人が神を求めて魂を絞り出して生み出した芸術作品をこよなく愛する男。

 御簾神 カイ。

 職業「美の探求者」、美を求め世界を旅するナイスガイ。

 ざんと草に覆われつつあり木の根が張る道を踏み締め、強い日差しを遮ってくれる緑のトンネルに覆われた山道を陸軍の装備一式並みの荷物を担いで歩いている。

 目的地は人口減の影響で森に消えた山間の村。

 別に俺は廃墟マニアではない、いやあれはあれで美があるが今回の目的ではない。噂では廃村になるときの混乱で秘宝が幾つか紛失したらしい。俺はその噂を聞きつけ元村民から情報を集め、確信を得てここに来たというわけだ。

 ふっふ、秘宝。それはどんな美でどんな神を宿しているのか、今からワクワクが止まらないぜ。

 絶好のハイキング日和と言ってもいいが俺の感覚が及ぶ限り人はいない。都会じゃ味わえない澄んだ空気と緑の絶景を独り占めにしている。

 独

 一人は寂しい奴という奴がいるが一人でいることでしか味わえない自由と研ぎ澄まされる感覚もある。

 何かあっても誰も助けてはくれない。その緊張感に脳が痺れる。

 一人故に自由だが危機に対応するのも己のみ、その為にも計画は大事だ。今日は山を抜け消えた村の入口まで行くつもりだ。何でも元は温泉街だそうで、上手くいけば温泉を堪能できるかも知れないな。

 人生を謳歌堪能しつつ歩いていると、やがて木々が晴れ山道からかつての温泉街が広がっているのが見えた。

 山間の平地の町で、中央に広い道が一本貫かれ右側には弓なりの川が流れ温泉宿が建てられている。流れる川と神々の山を肴に温泉に漬かり山海の珍味を嗜む。昔はさぞや栄えたのだろう。

 栄枯盛衰盛者必衰の理あり。

 世界は廻り、滅びてもまた栄えることもあるだろうが、今は俺が楽しませて貰おう。

 段々となだらかになっていく道も土から整地されひび割れたアスファルトに変わるころ温泉街に辿り着いた。

 赤茶と緑のモザイク模様の町だった。

 中央を走る道の左右には温泉客目当ての土産物屋が赤錆に覆われ緑の蔦に彩られて伽藍と連なっていた。

 誰もいない道を無人に挟まれ歩いて行く。死んだ町を歩くのは誰もいない森を歩くより寂寥を感じる。これもまた心の琴線を鳴らす。

 ん?

 旋律が風に乗って聞こえてきた。

 俺以外にも誰かいる? 廃墟マニアか?

 ここいらの事前調査はバッチリ地図もだいたいは頭に入っている。音のする方に進むと町の中心にある広場に出るな。栄えていた頃はそこで大道芸や演奏会とかもしていたらしい。

 誰だか知らないがこんな所にいるんだ俺と同類の可能性は高い。敵か味方か、袖触れあうも多生の縁、孤独もいいが人生にはスパイスも必要さ。

 興味を引かれ町中央の広場に行くと。

 美があった。

 町の中央の広場に古代の巫女装束に近い青い装束を纏った少女が舞っていた。

 少女は首に四つの勾玉が着いた首飾り、左手に美しい文様が施された銅鏡のような円盤、右手に巫女鈴のように柄から紐が流れ笛のように穴が空いている杖を持っていた。

 少女はマーチングバンドの先頭で棒を踊らせるバトントワラーのように杖をくるくる回して振るえば笛の音が響いてくる。そして時折杖で銅鏡を叩けば鉄琴のような音も響き、杖から伸びる紐が振るえ弦楽器のような音も響く。

 少女は踊ることで笛、鉄琴、琴の三重奏を一人で奏でている。

 美しい。

 心奪われ、御簾は上げられていき神が現れようとする。


 人世は一夜、一夜の夢の如し

 伽藍の家 蔦に覆われ土に帰る

 朽ちていく伽藍の家 ひとよの墓標

 寂れ朽ちていく邑を通り過ぎる風 葬送の唄


 壁がひび割れ蔦が這う伽藍の家

 住み着く鳥たちがひとよの終わりを謳う

 ひび割れ雑草に覆われる田畑

 通り過ぎる風 葬送の旋律を奏でる


 家を建て畑を耕し 人世の土地とする

 人が集い番増えていく 桜花爛漫の夢

 人世に永遠無し 全てが一夜の夢

 天空の雲 天の星界 全てが流れ廻っていく

 流廻常変、常世の絶対の理の文言

 くるさら くるさら

 くるさら くるさら


 美しき舞は終わり少女は天に祈る。


 人が集い笑い泣き生まれ育って死んでいく邑

 神より譲受けしこの地

 今人の手から神に還すとき

 一時この地の魂この身に宿す

 少女は天に首飾りを掲げる。


 これは幻想なのか少女の舞による幻覚なのか

 地面から蛍のような光が無数に浮かび上がり勾玉に吸い込まれていくのが見える。

 だが迷うか、はぐれたか幾つかの光の玉は俺の方に流れ俺の中に吸い込まれた。


 光の玉が消え静寂がこの一帯を支配し少女の顔が驚きに染まる。

「えっえっなんで」

 少女は首飾りを見て戸惑いの声を上げていたがやがて傍らで舞を見ていた俺に気付く。

「ハロー」

 俺は笑顔で挨拶を返した。

 人類共通笑顔でハローは無敵だぜ。

 こんな廃村で男女が二人きり警戒されて当たり前のシチュエーションもハローで一転するはずなのに今回ばかりは勝手が違ったようだ。

「お前かっ」

 少女は憤怒の表情に変わると杖を振り上げ俺に襲い掛かってくるのであった。

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