第9話 見当違い

  机に突っ伏したおれに影が話しかける。


「殿下、この邸の様子がおかしいと部下が言っています」


「どう言う意味だ?」


おれは机から顔を上げた。


「詳しくは、、、。あの女性は警戒した方が良さそうです」


「分かった」


キャロルの家だからと緊張を解いていたのは確かだった。


影からの忠告を受け、おれは気を引き締める。


コンコンとノックの音。


ドアを開けて、スージー女史が入って来る。


「お待たせしました。お飲み物を持って参りました。どうぞ」


彼女はおれの前にアイスティーを置いた。


「ありがとうございます。いただきます」


おれは堂々と懐から銀の匙を出す。


これは毒見のためにいつも持ち歩いている。


そして、その匙を当然のようにアイスティーに付けた瞬間、屈強な輩が武器を手に傾れ込んで来た。


手元の銀の匙は案の定、変色している。


「この様子ならば、誘拐の手引きは貴方がしたのか?」


おれはスージー女史に向かって、低い声で威圧的に問う。


「さぁ、どうでしょう」


驚くべきことに、彼女は堂々とシラを切る。


この女は素人ではないな。


「おれが誰だか気付いていたのだな」


「その瞳で騙せると思うなんて、フフフ。殿下が可笑しいのでは?」


嘲笑うような態度にイライラする。


「確保せよ」


おれは影に指示を出した。


刹那、執務室で影と輩たちの乱闘が始まる。


おれは、それを横目に魔法を展開し、スージー女史を一番に捕縛した。


ついでに乱闘している輩も1人ずつ浮き上がらせて手足を拘束し、床に落として行く。


数分で決着はついた。


しかし、大きな疑問が浮かぶ。


スージー女史が誘拐に関わっているというのは全くの想定外だったからだ。


背後にいるのは誰だ?


とりあえず、その考察は一旦保留し、拘束した者たちの連行を急ぐことにする。


おれは、スージー女史を重要参考人として、輩と一緒に王宮へ直送した方がいいと判断した。


リューデンハイム邸の中庭に拘束した者たちを並べる。


念のため、影も2人監視役に付けて、王宮まで転移魔法で送る。


久しぶりに大きな魔力を使う。


常日頃、おれの両耳には魔力の暴走を抑制するためにサファイヤのピアスが付けてある。


その片方、左耳のピアスを外してから、彼らに右手を翳す。


おれの指先から白い光が広がって行く。


光は彼らを包み込むと瞬く間に姿を消し去った。



 それにしても、この邸は何かしらの敵に掌握されていたと言うことか?


キャロルは危機に全く気付いてなかったのだろうか?


おれが薄暗い中で樹木を眺めながら、色々と思考を巡らせていると宙から白い毛玉が降って来た。


ん?コイツは、、、。


白い塊はフワッと広がって、地面に着地した。


おれを金色の双眸で見つめて来る。


「貴方は王太子?ミーはピピと申します」


「もしかして、キャロルの!?」


「はい、ミーは森の精霊の眷属でうさぎの妖精です。キャロルから王太子に伝言を持って来ました」


見た目の可愛さとは裏腹の落ち着いた話し方をする白うさぎに少し笑いが出そうになるも、我慢した。


「キャロルは無事か?何処にいる」


「キャロルは少し怪我をしていますが、自分で治せるからと治療を拒まれました。それから、敵を探りたいのでしばらく潜入すると言っていました。現在はブカスト王国ソルティール監獄塔に、、、」


「何だと!?ブカスト王国に居るのか?」


「はい、ブカスト王国にキャロルは居ます」


マズイ!それはマズ過ぎる。


まず、ブカスト王国と我が国は水面下で緊張状態が続いている。


おれは手出し出来ない。


勿論、我が国の騎士団も。


手を出せば、即座に戦争となってしまう。


待てよ!騎士団、、、もしや、この誘拐は氷の刃に対する嫌がらせの可能性もあるのか?


我が国の騎士団の精鋭部隊のことを氷の刃という。


その氷の刃を率いているのが、ソードマスター家門リューデンハイム男爵家だ。


ブカスト王国は辺境の小競り合いではいつも氷の刃に負けている。


それならば、おれ達は今、見当違いな対応をしているかも知れない。


おれの婚約者候補絡みなのか、リューデンハイム男爵家に対する逆恨みなのか、はたまた両方なのか?


判断材料が足りない。


さて、どうするか、、、。


「ピピ、キャロルにおれからの伝言を持っていけるか?」


「はい、承ります」


おれは今の状況で最善と思う事を彼女への伝言にした。


聞き終わるとピピは直ぐにキャロルの元へ出発した。



 おれはピピを見送ってから、影と打ち合わせを始めた。


「影、ここに何人残っている?」


「殿下、20名ほどです」


「では、邸の見回りに10名置いて行く。その内2名は『恋人の丘』という観光地の対応をしてくれ。しばらく休業にしても構わないが、分からない事は酒場の踊り子ケイトに聞くといい」


「承知いたしました」


「残りの10名はおれと一旦王宮へ戻るぞ」


目の前に10名の影が現れる。


今一度転移魔法を展開し、影たちと王宮へ戻った。



 国の決まりで唯一魔法の使用が許されている王族でも最低限しか魔法は使用出来ない。


王宮に到着し、再び左耳にピアスを戻した。


これも面倒だが、義務とされているからである。


何故こんなに魔法に厳しいのかといえば、過去の過ちがあるからだ。


魔法は便利だが、数多の誘惑に人を溺れさせる危険性も孕んでいる。


その昔、国を魔法でメチャクチャにしたメディサール侯爵という貴族がいた。


その侯爵を幽閉したと言われているのが、王家の森にある魔塔だ。


一度入ると二度と出られないと言われる頑強な結界が、今も張られている魔塔。


その後、魔法を規制する法令も整備され、魔法使いは魔塔へ送るという罰則が定着した。


すると不思議なことに魔力を持って生まれて来る子が急速に減少し、現在、王族以外で魔力持ちは皆無に等しい。


案外、キャロルの様に秘密にしている者がいるのかも知れないが、、、。


一方、王族の子供は強い魔力を今も引き継いで生まれて来る。


故に幼少期からその取り扱いを厳しく教え込まれるのだ。


おれも普段なら余程のことが無い限り、魔法は使わない。


だが、キャロルを救出する為ならば、幾らでも使ってやる。


彼女は大丈夫だろうか?


一刻も早く駆けつけて、この腕に抱き締めたい。

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