アナグマのみちろー

小鳥遊

アナグマのみちろー

午前零時。ミチローが起きてくる。

ミチローは毎日三十分間しか起きないのだ。


ミチローを初めて見つけたのは、大きな仕事が片付いた後の休日。昼までぐっすり寝た後に、ぶらぶらと出掛けた街の雑貨屋のぬいぐるみコーナーで、たくさんのぬいぐるみの中に一匹だけアナグマのぬいぐるみがいた。それがミチローだった。


私は、それまでぬいぐるみという物に興味が無かったのだが、なぜかミチローの事はひと目見て気に入ってしまい、そのまま購入して帰ってきて、ミチローという名前もその日のうちにつけた。


そのミチローが毎夜零時になると起きて話し出すのだ。


しかし、今夜の私はとても眠かった。

ベッドの上でうとうとしていると

「紗綾くん、おはよう」

ミチローは、いつもの調子で話し始めた。

「ごめん、ミチロー今夜は仕事が忙しかったから、眠くて駄目」

「せっかくボクが起きたのに紗綾くんは寝てしまうのかい?ボクが起きていられるのは三十分間だけなんだぞ!」

ミチローが耳元で話すが、眠さには勝てない。

「寝ながら聞くから勝手に話していて」

私が、そう言うと「しかたないな」とミチローは言った。


ミチローは、ミチローが私と出会う前に世界各国を旅してきたという話しを、いつも私に聞かせてくれる。

パリの凱旋門の階段は二八四段、それでも登った方が絶景が見られるとか、ルーブル美術館はモナ・リザよりもミロのヴィーナスの方がミチローの好みだったとか、モルディブのミールアイランドに宿泊した時のきれいな青い海とか、中国桂林の水墨画のような景色は一度は見たほうがいいよとか。

ミチローが《ぬいぐるみ》のミチローがどうやって世界各国を旅したのかなどは聞いてはいけない気がして、そこは黙って聞いているが、各国で会った人や、美味しい食べ物の話しもしてくれるのでミチローの話しは面白いのだ。


今日はイタリア、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツェ教会の最後の晩餐は素晴らしかったと話していた。

私は眠い頭で、最後の晩餐ってダ・ヴィンチだっけ?と思いながら聞いていた。

「ミラノのサンタンブローズのコーヒーは美味しかった。老舗のカフェだぞ」と、私の横でうっとりとした表情になっている。

私は眠いけれど、うんうんと返事をした。

「コーヒーが飲みたくなってきたぞ!美味しいコーヒーが!」

ミチローが私に嬉しそうに言うが、私は眠くて動けない。

「明日の朝に淹れてあげるよ」

そう言って私はとうとう眠ってしまった。


翌朝起きるとミチローはいつものように、ぬいぐるみに戻っていた。

私はミチローに申し訳ないことをしたと思い、ミチローをダイニングテーブルの椅子に座らせて、淹れたてのコーヒーを目の前に置いた。

しかしミチローはぬいぐるみのまま。

「起きるなら今だぞ」

そう言って指先でミチローの頭を突っついたけれどミチローは動かない。

私はそれを見ながら美味しいコーヒーとトーストを食べて、着替えて支度をした。

さて今日も頑張って仕事してくるか。

ミチローに「行ってきます」と言った。

ドアを閉める時にミチローの鼻が少し動いた気がしたが、気にしないようにドアを閉めた。


帰ってきたらミチローの目の前に置いたコーヒー無くなってたら面白いのになと、思いながら会社に向かった。



おわり

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アナグマのみちろー 小鳥遊 @ritsu25

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