第5話 最後の選択をしよう。
フィアは、元から青白い顔をさらに青白くして、目を長く閉じた。そして、次に目を開けたときには、瞳には強い意志が宿っていた。
「今から同僚に会いに行く。そして、話す」
淡々とした口調でフィアが言った。
ああ、なんて強い人なんだろう。フィア・ゼスタークという存在は、人間なのかよく分からないけど。とにかく強い心を持っているのは確かだ。
僕は協力したいとは言ったけど、何か協力できていただろうか。分からない。出会ったばかりだし、できていない気がする。
じゃあ、せめて。
「僕も、フィアさんと同僚の方の話を見守っていていいですか」
僕がそう言うと、フィアが目を細めた。
「もちろん。……なぜか、君がいると思うと心強いな」
フィアは、ふ、と息を吐いた。心なしか口角が上がっている。
これは…………微笑んでいる!? 微笑んでいるよな!? いつもはジト目なのに。
初めて見るフィアの表情は、びっくりするほど魅力的に見えてしまって。今一番大変な時だってのに、心を奪われてしまいそうだ。
僕は見開いた目を何度か瞬きして、頭をぶんぶんと振った。こんなことを考えている場合ではない。僕はフィアを話し合いに送り出さないといけないのだ。
「いってらっしゃい、フィアさん」
「ああ」
◆
フィアが向かったのは、部屋の中全てが白い部屋だ。その光景は異様だ。見たところ、オフィスのような場所らしい。白い机と白い椅子が並び、白い縁取りのあるモニターがそれぞれの机の上に浮いている。
一人、白い服を着た人物がいた。話に聞いていた同僚だろうか。フィアに気づくと、ぱっと明るい表情になった。
「先輩! どこ行ってたんすか? さすがにワンオペはきついですって」
話から察するに、同僚であり後輩らしい。
「……」
フィアは口を開かない。さすがに、異変に気づいたのか同僚も不思議そうにしている。
「…………先輩?」
「ゾーフ・リミラル。君が、故意に転生者を創っている犯人なのか?」
フィアは、ついに直接本人に聞いた。いや、単刀直入すぎるけど。
「はい。そうです……って言ったら、先輩はどうしますか? ボクを転生局の内部統制局に言いますか? それとも、ボクのやったことを見て見ぬ振りしますか?」
「見て見ぬ振りはしない。君はしかるべき手段で、しかるべき報いを受けるべきだ」
その答えにゾーフは満足そうな笑みを浮かべて、浮いているモニターを操作する。その指は、まるで踊っているようだ。
「先輩。ボクはね、実験をしていたんです。異世界転生の小説を再現できないかって。
もちろん、記憶と身体をリセットさせる輪廻転生局のシステムは実に公正ですよね。でも、どうしても人生に差はできてしまう。道半ばで死んでしまう命のなんと多いことか。
だから、異世界転生をする小説やアニメを見た時に、ボクは希望を感じたんです。道半ばで死んでも、パッとしない人間でも、転生先では自分の武器を生かして輝くことができる。
ボクは、どうにか輪廻転生局のシステムでもそれが再現できないかと思いました。成功すれば、彼らは文字通り第二の人生を送ることができるはずだ、と。でも、何回挑戦してみても、みんな転生先の世界で死んでしまう。
人間って、思っていたよりも弱くて。小説やアニメの世界みたいに、底力とかご都合主義なんてものは無くて」
フィアも、僕も静かにそれを聞いていた。
てっきり、ゾーフは人が転生先で死ぬのを喜んでみているような奴なのかと僕は勝手に思っていたけれど。これじゃあ、本当に悪い人間だ、と言えなくなってしまう。
「それでね、先輩。ボクはしかるべき手段で、しかるべき報いを受けようと思います」
ゾーフが、ニカッと笑ったかと思うと、モニターの画面を押した。ゾーフの身体が徐々に消えてゆく。消えていく身体からは、きらきらとした細かい光が次々と生み出されている。
まさか。
「……フィアさん、この人は自分自身を転生させようとしています!」
黙っているつもりだったのに、つい僕は口を出してしまった。
僕の声が聞こえたのか、ゾーフが笑いながら僕に向かって手を振った。
「あー、先輩はいつもならこんなことをしないはずだと思ってたんですよ。助っ人がいたんですね! お見事です、画面越しの君の予想は当たっていますよ。私は、自分の身体を使って最後の実験をしますよ! なんてね」
「……なんで、こんなことをするんですか」
僕は聞いた。
「実験ですよ、実験」
ゾーフはパチンと消えかけている指を鳴らした。
でも、僕には、それだけが理由だと思えない。
この人がわざとフィアを傷つけるような真似をしているのは、心のどこかでフィアに忘れられたくない、と叫んでいるような気がしたのだ。
「本当ですか? 僕には、あなたがフィアさんに――」
ゾーフは、シーッと人差し指を立てて口に当てて、秘密だよ、というようなジェスチャーをした。どきっとして、僕は何も言えなくなった。
フィアが慌ててゾーフの手を掴もうとするが、すでに消えてしまって掴めない。それどころか、胴体に触れた手も空を切った。
「ゾーフ。お前は、馬鹿だ。本当に」
フィアは掴むことのできなかった自身の拳を開いて、じっと見つめながら言った。
「先輩が悲しんでくれて良かった」
「何を言っている? 私は悲しんでなど――――」
フィアの目から、ぽたぽたと涙が落ちていた。
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