アンラヴァーズ

暮影司(ぐれえいじ)

第1話 幼馴染がめちゃめちゃイケてる

「解散だ!」


 これにて、俺たちのお笑いコンビのマックスフライは解散です。ミックスフライじゃなくてマックスフライ。

 最高にアガってるやつらになろうという誓いは、半年も持たなかったってわけよ。


「上等だ。俺はもっと一緒にやってて楽しいやつとやるよ」


 そう吐き捨てて、元相方は去っていった。

 なにが一緒にやってて楽しいだ。

 俺のつくったネタをロクにやれてないやつが、楽しいとか楽しくないとか言える立場か。

 漫才も上手じゃなければ、ギャグもない。大喜利もできない。

 芸人になりたいのはモテたいから。

 別に動機はそれでもいいけど、ファッションだの見た目ばっかりこだわりやがって。カッコつけた写真をインスタに投稿する暇があったら、鉄板トークのひとつでも作れよ。


「ふー」


 そう思っても、言ったって無駄だ。

 もう解散したわけだし。

 どうする、ピンでやるか?

 ピンというのは、ひとりで活動するお笑い芸人のことだ。ネタはひとりでもできるのだが……。

 

「やっぱり漫才がやりたいよな……」


 この世界にはいろいろなお笑いがある。

 その中でも、王道といえるのが二人でやる漫才……。

 いや、王道とか邪道とかはどうでもいいか。

 俺が一番やりたいお笑いが漫才だ。

 となると、相方を探さないとな。


「誰がお前なんかとやるか、ボケェ」


 ちっ……。

 これだから関西は……。

 俺は東京出身である。基本的に東京出身で損をすることなんてなさそうなもんだが、お笑い芸人は別。

 お笑いは関西が圧倒的に強い。

 地方なら地方で、方言だったり地元ネタだったり、出身地の仕事があるなど有利な点がある。

 東京出身って、なんにもなんないんだよなあ……。

 そんなこんなで。

 相方を探し始めてから、一ヶ月が過ぎ。四月になったある日。

 母親から電話があった。


「え? 乃絵美のえみが?」


 懐かしい名前だった。

 萬綿乃絵美まんめんのえみは、いわゆる幼馴染というやつだ。

 実家は近所付き合いの浅い東京のマンションだったが、親が友だちになったことで、こどもを連れてくるというのはあった。

 母親の友達の娘。だが、年齢は5つ下。友達というよりは、妹といった感じだった。

 兄や姉はおらず、弟が二人という兄弟構成の俺は、本当の妹のように可愛がっていた。

 5年前くらいか。父親の仕事の都合で引っ越していったはず。

 

「東京の高校に通うことになって、あんたん家の近くなのよ。なんか助けてあげて」

「はあ……」


 俺は一応アパートの一人暮らしだ。売れない芸人だから無理してアパートなんて借りたくないのだが……デカくなった弟二人がいるから狭いこともあるし、なんか実家で苦労しない芸人はカッコ悪いという気もしたからな。

 バイト帰りの夜7時。

 トントンとボロアパートの階段を登り、二階にある自分の部屋に戻ろうとしたら。


「あ、やっと帰ってきた~」


 俺の部屋の前に。女の子が立っていた。

 アパートの廊下の安い蛍光灯に照らされている。

 紺のブレザーの制服。

 ポニーテールの髪。

 まさに女子高生……だが、それにしても可愛すぎる。アイドルがドッキリでもしてるのか?

 俺はまだドッキリにかけられるほど売れていない。


「あれ? 誰かわかってない?」


 小首をかしげた。

 そうか、有名人なのか。そりゃそうだ、むちゃくちゃ可愛いからな。


「すみません、俺、アイドルとかあんま詳しくなくて……」

「誰がアイドルやねん!」


 ツッコミを入れられた。

 いいね。スピードも悪くない。

 しかしアイドルじゃないのか。


「すみません、ドラマもあんまり……女優さんですか?」

「そんなわけないだろ!」


 手の裏で肩を叩かれる。

 相方より上手だわ。元相方より。

 まさか芸人……?

 いや、そんなわけないな。


「グラビア……ではないですね」

「どこ見て言ってんねん! 失礼やろ!」


 胸を見ながら言ってみたら、ちゃんと反応した。

 関西の女子高生は、こんなにツッコミができるのか?


「もうええわ、くしょうちゃん」


 くしょうちゃん……?

 確かに俺の名前は台場駆翔だいばくしょうで、名前はクショウだからそう呼ぶのもおかしくないが……そんなちゃん付けで呼ぶのはひとりだけだ。


「ま、まさか乃絵美?」

「そうだよ、忘れちゃったの? ひどいなあ」

「ええ? いや、マジか……」


 そう思ってみれば、確かに。

 くりっとした猫のような目。小さな鼻。薄い唇。細い眉毛。

 乃絵美だ……。いや、それにしてもな。


「可愛くなりすぎだろ……」

「……」


 まじまじと見すぎたか、顔を真っ赤にさせてしまった。

 下を向いて黙りこくっている。失礼だったかもしれない。


「いや、ごめん。あの頃から可愛かったよ。別に昔は可愛くなかったという意味で言ったんじゃないよ」

「ん。うん。はい」


 あぶねー。

 フォロー正解だったー。


「まあ、なんだ。入りなよ。狭いし、ボロいけど。お茶くらい出すよ」

「うん」


 用事があるはずだし。

 中に案内する。とはいえ、ベッドも無い和室。座布団すらない。どこに座ってもらえばいいのか。


「そこの座椅子で良ければ座って」

「うん」


 俺の座椅子に座ってもらう。

 やかんでお湯を沸かし、ほうじ茶を淹れる。


「いや、しかしビックリしたよ」

「そ、そう? そんなに?」

「大阪に行ったって聞いたけど、そんな大阪弁でツッコめるなんて」

「あ、あ~。そっち?」


 そっちって、どっちだよ。

 

「くしょうちゃんも、本当に芸人さんになったって聞いて、ビックリしたよ」

「ああ……一応、事務所には所属してるけど、プロって呼べるほどじゃ」

「そんなことないよ。お金を払って、劇場で見てくれる人がいるんだから。プロだよ」

「……今は劇場にも立ってないけどな」


 ほうじ茶の入ったマグカップを渡す。俺は湯呑み。基本的に来客が来ることを想定していない。

 男友達が来たところで、みんなビールを缶のまま飲むだけだ。


「え、なんで?」

「解散したんだよ」


 ほうじ茶をすする。ビールにすればよかった。


「……ねえ、小さいときの約束覚えてる?」

「ん? ああ、俺のお嫁さんになりたいってやつ?」

「ち、違う! え? そんな約束した?」

「どうだったかな」


 俺は中学生だったから覚えているが、小学校低学年の女の子だ。お父さんにもお嫁さんになりたいって言ってただろうよ。

 乃絵美は、座椅子の上で体育座り。ぱんつが見えそうになったので、目をそらした。

 ふーふーしながら、少しずつ飲む。シンキングタイムっぽいが、他に覚えている約束なんて……。


「あっ? 俺が将来お笑い芸人になりたいって言ったとき、乃絵美は一緒にやりたいって言ったんだ」

「そう! それ!」


 それこそ冗談だと思ってたぜ。

 

「くしょうちゃんが本当に芸人さんになるって聞いたから、芸能コースがある東京の高校に入ったんだよ!」

「なんだって!?」


 おいおい、話が違うぜ。たまたま俺の家の近くに来たんじゃなくて、俺と一緒にお笑いやるために上京してるじゃねーか!?


「トリオにしてもらおうかと思ってたけど、解散してるなら丁度いいよ。わたしを相方にして!」

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