後宮の雨

甘月鈴音

第1話

「役立たずだのぅ」


 露竜つゆきは冷たい陶器の香枦を祭壇に戻した。皇后候補生たちに囲われ居心地悪く美しくもない顔を曇らせると、薄汚れた床に目を落とす。


「どうするのじゃ、乙窪おちくぼよ」


 露竜を乙窪と呼び、失態に、にやりと欄華らんかはする。祭儀中は人払いをしているはずだがお構い無しにずかずかと入り込まれ、華やかな扇子を口に当て鼻持ちならない様子で欄華率いる皇后候補生たちが露竜を嘲笑した。


「お主、雨を司るこう一族であろう」

鱗国うこくは、もう一月ひとつきも恵みの雨が降らぬ」


 このまま日照りが続けば政事まつりごとに関わる。露竜の背中に嫌な汗が伝い落ちた。


「ふふ、使えぬ者は後宮から追い出せばよいのに」

「我らと同じ皇后候補生などありえませんわ。だいたい、その貧乏臭い服に、安価な装飾具、それで才人の称号だとは笑わせる」


「雨を降らせる力がけているだけで、図々しく後宮に居座って、あの美しい主上に話しかけられ、取り入ろうなんて、甚だしい」


「ふふ。そう言うな皆よ。雨を降らせぬ乙窪に価値などない。主上も、さぞお怒りであろう。皇后になどなれっこないわ」


 きゃらきゃらと嗤われ、露竜は沈んだ表情で微かに顔を上げた。窓から夏の強い日差しが薄暗い祭壇に一筋差し込んでいる。


──阿呆どもめ。そんな皇后の称号など要らぬ。


「雨は必ず降らせます」


 真っ直ぐに欄華を見据え露竜は宣言する。挑むような態度に欄華は不快の笑みを扇子で隠す。


「やれるものなら、やってみせよ」


 背を向け欄華たちは連れだって祭儀場をあとにした。




──鱗国の先皇帝陛下が老衰で御隠れあそばされたのは一年前のことだった。世継ぎは第五公子が即位された。


第五公子は後宮外に廃された訳ありの公子で、宮廷内で度重なる公子の死が続き、宰相が連れてきたのだ。


狙いはなにも知らない第五公子を意のままに操ることが目的なのだろう。


さらには孫娘の欄華を皇后にして第五公子との間のお子の摂政関白になるつもりなのだ。


 その証拠に『お爺様がね。早く陛下とわたくしの孫に会いたいとおおせなの』口が酸っぱくなるほど欄華は後宮で誇らしげに言いふらしていた。


宰相はおくびなく、さっさと世継ぎを作れと外側から今陛下に圧力を掛けている。


どうにか誤魔化しているようだが今陛下のお立場が悪いのが痛いほど伝わってくる。


確実に実権を握っているのは宰相だった。このまま、すべての政事を宰相に握らせてはいけない。


「雨を降らせなくては」


 露竜は唇を強く結び、手の平をぎゅっと握った。

 目に染みるほどの強い日差しを見上げながら足早に回廊を渡った。

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