その2ー「狸囃子(たぬきばやし)」

これは、小学校低学年の頃。

真冬の、寒い夜。


テレビを見るのに飽きた僕は、マンガ雑誌をパラパラとめくっていた。

あまり裕福とは言えない家だったので、マンガ雑誌はひと月に一冊くらいしか買って貰えなかった。

なので、もうその内容は、暗記するくらい読み返していた。


と、どこからか不意に、祭囃子まつりばやしのようなものが聞こえて来た。


(ー?)


それは、最初は聞こえるか聞こえないかという、かすかなものだったが、次第にハッキリと聞こえて来た。


(え? 冬なのに、お祭り?)


不思議に思った僕は、かたわらにいた母親に、

「ねえ、どこかでお祭りやってるの?」

と、訊いた。


「お祭り? 何で?」

「だってほら、お祭りの音がしてる」

「お囃子が? 何にも聞こえないじゃないの」

「えっ・・・?」


母親は、お囃子どころか、何の音楽も聞こえないと言った。

テレビもラジオもついてないし、この真冬に、近所に聞こえるような大音量で祭囃子を流すような迷惑者もいないだろう。


だとすると、僕だけに聞こえたあの祭囃子は、何だったのだろう?


大人になっても時おりこの事を思い出すことがあったので、ある時ネットで調べてみた。

すると・・・


これは、江戸七不思議の一つて、「狸囃たぬきばやし」または「馬鹿囃ばかばやし」といって、江戸時代からある現象だとのこと。


(江戸七不思議かあ。自分が住んでたのは、埼玉だけどな)


もしかしたら日本中で、江戸の昔から、同じような体験をした人が沢山いたのかも知れない。

そう思うと、ちょっと嬉しいような、楽しいような感じが込み上げて来るのである。


(了)

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