人生、たった2度の、不思議体験

コーシロー

その1ー「消えた音」

あれは、幼稚園に通っていた頃だったと思う。

当時は、パソコン、スマホ、ゲーム機等が世に存在せず、幼稚園から帰った後は、近所の仲良し達と、外を駆け回って遊ぶのが当たり前だった。


そんなある春の日、例によって帰宅して直ぐに家を飛び出した僕は、いつものように近所の友達の家に向かった。

が、どうしたことか、その日はどの友達も、家に居なかった。

まあ、年に一、二回は、こういったことはあるのだが、遊ぶ気満々だった僕は、ガッカリして、それでもいつもの遊び場である、近所の原っぱに向かった。


(ちぇっ、つまんないの・・・)


いつも友達とボール遊びしたり、缶蹴りしたりして遊んでいる原っぱには、誰もいなかった。

仕方なく、ツクシンボウを引き抜いたり、蝶々を追いかけていたりしたその時、それは起こった。


「音」が、消えたのである。


周囲の音が、全く。


当時、僕が住んでいた所は、お上品ないわゆる「山の手」ではなく、生活音に溢れた「下町」であつた。

だから、近所のおばちゃんのお喋りや、バイクやクルマの排気音、近くの町工場のカーン、カーンという作業音などが、夜になるまで途切れることは、決してなかった。


それが、不意に、全て消えたのだ。


(えっ・・・?)


幼いとはいえ、さすがに異変に気づいた僕は、辺りを見回した。


周囲の様子は、変わらなかった。

が・・・

何か、風景全体に、極々薄い、黒い皮膜が掛かったような感じがした。


SF的に、時間が止まった訳ではないことは、足元をヒラヒラとモンシロ蝶が飛んでいたのをハッキリと覚えているのでわかつた。

もっとも、幼い自分が、その時にそんなことを意識したわけではないが。


その現象が続いたのは、10秒か、それとも30秒か。


ふいに、ロックコンサート会場の扉を外から開けた時のように、全ての生活音が、耳に飛び込んで来た。

極薄い、黒い皮膜も消えていた。


足元には、さっきと同じモンシロ蝶が、ヒラヒラと舞っていた。


僕は、家に帰って、母親にその事は話さなかった。

幼な心に、話しても信じて貰えないことが、分かっていたんだと思う。


(了)











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る