中編

「すやすや……」


 俺の目の前には、裸の女が無防備に眠っていた。

 冒険者にしては目鼻立ちが整っている。髪の艶が良いし、綺麗な肌をしていた。どちらかと言えば、貴族と言われる方が信じられるくらいだ。

 だが、ダンジョンでこのフロアに来られるとなると、それなりには実力者なんだろう。しかもソロでだ。外見通りの女とは考えない方がいいだろう。


「でも、今は冒険者だろうが貴族だろうが大した問題じゃないか……」

「すやすや……」


 女冒険者が起きる気配はない。

 全裸で眠っている女。モンスターに襲われる心配もあるけど、他の冒険者に見つかるのも心配だった。


「こんな状態だと、飢えた男の冒険者に襲ってくれって言っているようなもんだよな……」


 別に顔見知りってわけじゃない。でも、放っておけないと思った。


「でも、俺も裸なんだよな……」


 助けを求めに行くだけでも大変なのに、彼女を放置していたら誰に見つかるかわかったもんじゃない。こうなると人もモンスターも、危険度は同じのように思えた。


「ぐっ、どうする?」


 裸の男女。場所はダンジョン下層。近くに冒険者の気配はない。

 俺が植物系モンスターに全裸にされてから、かなりの時間が経っていた。これまでにこのフロアを訪れた冒険者はこの眠っている女冒険者だけだった。


「待っていても仕方がない、か」


 たとえ冒険者がこのフロアに辿り着いたとしても、それが善良な人だとは限らない。冒険者にはやばい連中がいるってのを、俺はよく知っていた。

 だから、俺はソロで冒険者をやっているんだからな。


「よし決めた! 引っぱたかれるくらいは覚悟するから、大目に見てくれよ」


 俺は眠っている女冒険者に手を伸ばす。


「うっ……これが女の肌か……。なんか俺と全然違うな……」


 初めて触れる女の肌に、なんというか……興奮してしまった。

 いや待てこれは俺が悪いんじゃないっ! 男として正常な反応なのだ! それにいかがわしいことをしようってわけじゃないんだ……本当だ信じてくれ!

 脳内で早口で言い訳を並べ立てる。余計に頭に血が上ってきてクラクラした。


「ええいっ! 男は度胸だ!」


 覚悟を決めて、目をカッと見開く。視界に男の欲求を強く揺さぶるほどに美しい女体が広がった。


「とりゃっ!」


 勢い良く、俺は女冒険者を抱きしめた。



  ※ ※ ※



「違うんだ……わざとじゃないんだぁ……」


 ぺたぺたとダンジョンを歩く。裸足で歩いてみると意外と歩きやすかった。

 現在、俺は女冒険者をおんぶしてダンジョンを脱出しようと行動していた。

 最初に女冒険者をおんぶしようとして、俺は勢い余って彼女を抱きしめてしまったのだ。思った以上に興奮しすぎて、自分でも何をしたのか理解するのに時間がかかった。

 肌と肌の密着。正面からの幸せな感触に、理性が吹っ飛びそうになったのは俺だけの秘密だ。


「まあ、背中で感じてはいるんだけどな」


 眠っている相手だから、彼女の全体重が俺の背中にかけられている。胸の膨らみどころか、その柔らかさや突起の感触まで、しっかりと感じ取っていた。


「こんなところ誰かに見つかったら……絶対に俺が悪者になるよなぁ……」


 全裸の男が全裸の女をおんぶしてどこかへと行こうとしている。変態が美女をさらっている図にしか見えなかった。

 しかも、お恥ずかしながら……アソコが臨戦態勢に入っちゃっている。生理現象とはいえ、言い訳ができる状況じゃなかった。


「モンスターは……いないみたいだな」


 いつもより何十倍も辺りを警戒しながら先を行く。

 モンスターに見つからないのはもちろんのこととして、その辺の冒険者にも見つかるわけにはいかなかった。


「一番は話のわかる冒険者に会うことだけど……。こればっかりは運だよな」


 残念ながら、俺に知り合いと呼べる冒険者はそう多くなかった。ソロ冒険者の弊害である。

 慎重にゆっくり進む。背中に広がる幸せな感触……。いやいや何堪能してんだっ。急いでダンジョンを脱出しなければ!


「うおっ!? なんでお前裸なんだよ!?」

「うわあっ!? ち、違うんです!」


 背中に伝わる感触に気を取られた一瞬の隙だった。……いやごめん、一瞬じゃなかったかもしれない。

 冒険者パーティーに遭遇してしまった。見知らぬ連中で、状況を説明して協力してくれるかどうかはわからなかった。


「なんだなんだ? モンスターじゃねえのか?」

「オイ、こいつ裸の女を連れてるぞ」

「へへっ。兄ちゃんこれから何をしようってんだ? いけねえなぁ」


 色欲に染まった数々の目。あまり良い感情ではなさそうだ。


「違うんだ。これはモンスターに襲われて装備品が全部溶かされてしまったんだ。この娘は眠らされているから助けなきゃならない。よければ布一枚だけでもいいからくれないか? ダンジョンから出られたら礼はする」


 ダメかもしれない。そう思いつつも事情を説明する。


「そんなこと言って、アソコをおッ立てて説得力ないぜ」


 男たちがゲラゲラと笑い声を上げる。羞恥心が刺激されて顔が熱くなった。

 くっ、状況を考えると説得力がないのは否定できない。反論しようにも、あのモンスターを知らなければ信じてはもらえないだろう。


「兄ちゃんがヤる気がないってんならよ。その女、俺たちに渡せよ。楽しんだ後にちゃんと布一枚くらいなら恵んでやるぜ?」

「いいねえ人助けだ」

「見たところ上玉だしな。俺たちのパーティーに入れてやってもいいぞ」

「まあ冒険者としてじゃなくて、肉奴隷としてだけどな」


 ゲハハハハッと汚らしい笑い声がダンジョンに木霊した。こいつらただの犯罪者じゃねえか。冒険者ギルドに戻ったら討伐依頼をしておこうと心に留めた。


「さあ、女を渡しな。そうすりゃ女を裸にして連れ去ろうとしていたってのを黙っていてやるからよ」


 ごつい手がこっちに向かって伸ばされる。

 俺が変態って言われるのは別にいい。結局、助けが来なかったら自力で脱出して、変態扱いされることになっていただろうしな。

 でも、冒険者として人助けを放棄することはできない。だって俺が憧れた冒険者なら困っている人を必ず助けるからだ。


「触んな糞野郎っ!」

「あ?」


 男のごつい手がピタリと止まる。代わりに俺に向けられていた目が厳しいものへと変わった。

 他の男たちも危険な雰囲気をかもし出す。武器どころか防具もない俺に勝ち目はないだろう。

 よし、逃げよう!


「炎の精霊よ、我が身を守る盾となりたまえ! ──ファイアウォール!」

「うあっち!?」


 先に攻撃されたら逃げる確率も下がってしまう。男たちが動く前に、俺は魔法で炎の壁を作った。

 男たちと距離を取る。ボウボウと燃える炎の壁のおかげで男たちが飛びかかってくる様子はない。怒号だけが俺を責めてくる。


「くっ、貴重な魔法を使わせやがって!」


 身体を反転して別の通路を走った。みるみる距離が離れ、男たちの怒号も聞こえなくなった。

 武器も道具もない以上、頼れるのは魔法だけだ。

 魔法だって無限に使えるわけじゃない。ダンジョンを脱出するために温存しなければならなかった。


「すやすや……」

「呑気だなぁ、もうっ」


 耳元で女冒険者の寝息が聞こえる。彼女にとっては貞操の危機だったってのに呑気なもんだ。


「本当に危ないんだからな。男はみんな獣なんだからな」

「すやすや……」

「俺だって、男なんだからな……」

「すやすや……」

「……はぁ~」


 男の象徴を元気にさせているってのに、こうも穏やかに眠っているのを見るとバカバカしくなる。


「まったく、しょうがねえな」


 俺は無防備すぎる女冒険者を背負い直し、ダンジョンを走った。スベスベモチモチの幸せを伝えてくる感触は、駄賃代わりと思って存分に楽しませてもらうことにした。


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