辺境の転生妖精少女は召喚されたくない ーある日突然過保護な下僕ができましたー

春夏秋冬しおこんぶ

はじまりとはじめまして


「まってまって、ほんとにまってーーーーー!!!」



 かみさまほとけさま、こんなときだけ祈ってごめんなさい。でもやっぱりどうにもならないときは神頼みするしかないって思います!


 突如地面から現れた魔法陣。

 それが発光したかと思うと、アレッタの小さな体を引き摺り込もうとしている。咄嗟にドアの取っ手に掴まったけれど吸引力がすごい。全然衰えない。ダイ◯ンかな???


 絶対に負けてはいけない戦いなのだ、これは。

 泣きそうになる気持ちを奮い立たせたアレッタは、背中に生えている小さな蝶のはねを羽ばたかせた。



 ──「黎明のコンヴォカツィオーネ」

 アレッタが転生したのはRPGゲームの中だった。

 世界は東西2つの勢力に分かれ、日々争いに明け暮れている。それぞれの戦力はほぼ互角、そのまま終戦あるいは休戦に向かうと思われたが、東勢力で新たな魔術が発明された。それが「召喚術」。現存する戦力が拮抗するのであれば、外部から補充すればいい。その考えの元、魔術の使える兵士は積極的に召喚術を使用し、東側の勝利に終わるはず──だった。長い戦争の中で西側も手をこまねいているはずもなく同じ結論に達し、少し遅れはしたものの召喚術を実践投入したのだ。

 こうして今に至るまで東西を隔てる戦争は終結するどころか、戦火は激しくなるばかり。


 ──アレッタは、中でも特殊な『隠しキャラ』。ゲーム終盤に召喚可能になる『召喚従魔』なのだ。


 召喚されるということは戦争に駆り出されるということ。前世は普通にインドア派、趣味はゲーム漫画のOLに戦いなんて荷が重すぎる。絶対絶対あの魔法陣に触れてはいけない!



「とりあえずっ……正攻法!」



 背中の翅から金の鱗粉が舞い上がる。鱗粉はふわりとキッチンにあるナイフへ飛んでいく。これでナイフはアレッタの管理下、遠隔操作が可能になる。えいや! と鋭い切先を光り続ける魔法陣に突き立てる。こういう魔法陣は陣形が破損することで発動を無効にできる場合が多い。床板が抉れるほどがんばってみるけど、吸引力に変わりはない。



「だったらこっち!」



 遠隔で引き出しを開け、中から魔道具を取り出す。

 紋章の施された杭が12本。封印・結界の要石となるものだ。高かったけど追加で買っておいてよかった。今度補充しよう。

 宙で金属同士がぶつかり合い、硬質の音が響く。白く発光する魔法陣を囲むように、杭が床板に刺さっていく。



「いっけーー!! 封印!!!!」



 鱗粉で時計回りに魔力を付与していくと、金色の光の柱が上がる。順番にくるりと一周すれば封印完了だ。半分を超え、順調にあと1本、といったところで金色の光が弾かれた。



「うぅ〜〜しつこい!!!」



 大体の召喚はこれで抑えられるのに!

 仕方ない、裏技を使うしかない。

 ぱたぱたと翅から鱗粉を落とす。先程とは比べ物にならないくらいの金の粉末が室内に充満する。窓から差し込む陽光に反射してきらきらと輝きつつ、召喚魔法陣と対になるよう、空中で魔法陣の形へ組み上げられていく。



天地あめつちことばを司る夢見鳥が言を下す。その身、その意、その緒は我が元に帰伏せよ!」



 金の閃光が迸る。

 ごっそりと体から魔力が抜けていく感覚と引き換えに、召喚魔法陣からの吸引力がパタリと止まった。そっと背後を確認すると、白く発光していた召喚魔法陣は影も形も見当たらない。ほっと胸を撫で下ろし、掴んでいたドアノブに「ありがとね!」と声をかける。たったひとりで暮らしている今、アレッタを救ってくれた救世主とも言ってもいい。まあドアノブが返事をしてくれるわけではないけども。



「せっかく野いちごっぽい何かのジャム作ってたのにな……」



 改めて室内を見回すと、あの衰えない吸引力のせいで家具はぐちゃぐちゃだ。机はひっくり返り、椅子は足が折れて窓に刺さっている。火にかけていたジャムも天井まで飛び散っているという散々な状況だ。

 前世だったら殺人事件だと言われても言い逃れできない。


 前世なら怒り狂うところだったけど、幸いにもここは異世界。そしてアレッタは、物に魔力を付与することで自在に操ることができる。少し指先を振れば室内の状況はあっという間に元通り。割れた窓だってぴかぴかだ。

 飛び散ったジャムは仕方ないけれど集めてゴミ箱へ。



「さてと、ジャムのつづき!」



 釜戸に火を入れ、新しく入れた赤い実をことことと煮立たせる。

 焦げつかないようかき混ぜながら、隠し味に花の蜜もたっぷりと注ぎ込む。背中の翅が見た目的にちょうちょの形状をしているせいか、花の蜜はアレッタの大好物だ。



「……それにしても、さっきの魔法陣はちょっと手強かったな」



 裏技を出したのははじめてかもしれない。

 基本的に、召喚できる従魔は召喚者の力量に大きく左右される。アレッタは見た目こそ幼い少女だが、こう見えてそこそこ強い。伊達に隠しキャラしてないのだ。これまでも何度か召喚されかけたが、そのときはちょっと陣を崩すだけで抑えられていた。



「時期的にまだ主人公たちが生まれる前だし、ゲームの終盤までは本編に登場することもないしね」



 しかもアレッタは隠しキャラ。

 周回プレイで召喚できるようになるキャラなので、絡みようがない。今日明日にも戦争に駆り出されるなんてことはないだろう。



「とりあえずはお茶会の準備の方が先決、だね!」



 ジャムは粗熱を取るため少し時間をおく。その間にティーセットとスコーン、とっておきのプリンを外のテラスに用意する。



『あらアレッタ、準備できたのかしら?』


「うん! ちょっと邪魔が入ったけど問題ないよ!」


『やった〜! アレッタのおかしはおいしいからすき〜!』



 ひらひらと寄ってくるのはアレッタと同じように背中に光る翅を持つ妖精族。とは言っても、アレッタの手のひらに乗るくらいの大きさだ。アレッタがこの森で目覚めたときから良くしてもらった恩返しとして、よくお菓子や料理を振る舞っている。


 彼ら用に作ったミニチュアサイズのティーセットに琥珀色の紅茶を注いでいく。普通であればこぼしてしまうかもと気を使うが、魔法なら指を振るだけ。いい時代(?)に生まれてよかった!



「さて、紅茶が冷めないうちにどうぞ!」



 わーい! とテーブルに集まる赤や青、黄色の翅を見てアレッタも椅子に落ち着く。とりあえずはプリンをひとくち。ほどよい甘さにアレッタの頬も緩む。こうやっておだやかに、争いと無縁な生活を送れると、このときは本気で思っていたのだ。




◇◆◇




 ──コンコン。


 まだ夢の中のアレッタの耳にノックの音が届く。

 うぅん、もうちょっと、と寝返りをひとつ。寝起きの悪いアレッタに早起きという言葉はない。いつも太陽が高く昇るまではおふとんの中。仕事もなく、やることもないから時間に対しては随分曖昧になってしまった。


 ──コンコンコン。


 さっきよりも少し強くドアが叩かれる。

 んむぅ、うるさい、と寝起き特有の舌ったらずな文句が漏れる。無意識のうちに枕に鱗粉を付与し、そのまま音の根源であるドアへとぶつける。ぐずぐずと起きられないまま無意識に魔法を使うのはアレッタの悪い癖だが、訪問者はそのことを知るはずもなく。


 ──コンコンコンコン!


 痺れを切らしたような性急な音が室内に響く。

 それでようやっと、アレッタはまぶたをこすりながらドアを視認した。



「んぇ……? だれ……?」



 くあ、大きなあくびを手で抑えつつ、ぽてぽてドアへと歩いていく。寝起きでぼんやりしているアレッタは気が付かなかった。この森でアレッタを訪ねてくる妖精たちはいつも窓から声をかけてくる。手のひらサイズの彼らにドアは必要ないということに。


 キィ、と蝶番が音を立てる。

 内開きのドアが開き、ゆっくりと影が室内に落ちる。

 アレッタの身の丈よりも長く伸びた影、ぼんやりと眺めたアレッタの視線が上の方へ持ち上がる。自分より遥かに大きく、そしてどこか見覚えのある容貌に、アレッタは完全に覚醒した。



「ぅ……ウベルト……!?」



 太陽の光を思わせる橙色の髪、芽を出したばかりの若々しい新緑の双眸。見た者全てを虜にするようにやわらかく笑いかけてくる青年。ウベルト・デル・テスタ。『黎明のコンヴォカツィオーネ』の主人公その人だった。


 慌ててドアを押し戻そうとするが、それを予期していたのか青年は片手でドアを押さえている。それどころか、空いた方の手でアレッタの手首は掴まれてしまった。



「随分なご挨拶ですね、顔を見たのは初めてだというのに」


「わーーーーかえって! この家にはなにもないので!」


「……? 強盗だとでも思ってますか?」


「解釈によってはもっとひどい! です!」


「ふふ、取ってつけたように敬語にしなくても大丈夫ですよ」



 ドアを閉めようと全力で魔力を付与しているがびくともしない。どうして!? と半泣きになりつつ距離を取ろうとするが全然離してくれない。主人公は戦争の中心、見つかったならすぐさま逃げるが勝ち。問答無用で距離を置きたいのに!



「まずは話を聞いてくれませんか?」


「知らない人とはお話ししません!」


「それもそうですね、ではまずは自己紹介から」



 アレッタの魔力抵抗をものともせず、涼しい顔で青年は微笑みを浮かべる。



「僕の名はテレンツィオ。皇帝直属第一騎士団の隊長をしています。昨日、君の下僕になった者ですよ」


「……げ、げぼく……!?」



 急に飛び出した「下僕」の2文字に目を白黒させる。

 それに主人公の名前は「ウベルト」のはずだ。こんなにそっくりなのに名前はちがうって?



「覚えていないのですか? 昨日召喚魔法陣を、さらに強力な魔法で上書きしませんでしたか?」


「……昨日……」



 ちょっと手強いな、と思ったあの魔法陣のことか。

 ティータイムの前の、ジャムが飛び散ったときの。



「……した、かも……」


「そうでしょう? あの術式を返すどころか、上位の魔法で上書きした上、術者を配下にしたことにお気づきでなかった、と?」


「……した、かなぁ……?」


「主従の縁を辿り、こうして辺境まで会いにきたというのに?」


「……ぅえ、そんなこと言われても……!」



 寝起きの頭をぐるぐる回転させ、どうしたものかと思考を巡らせる。昨日使った『裏技』はゲームをやっていた前世があったから覚えていたものだ。


 アレッタは色々なものを操作することができるが、『人』を操ることは基本的にできない。その弱点を超越したのが裏技もとい最終奥義だ。しかし使用条件が厳しく魔力の消費量も尋常じゃない。条件を満たさなければ相手の魔術・ないし詠唱のキャンセルという効果しか発動しない。


 そのひとつに『相手の神名を知っている』というものがあったはずだが。



「確かに魔法の破棄はしたけど、正しく魔法が発動する条件はそろってないはず……あ、」



 神名とは、この国で7歳になると神から賜る二つ目の名前。健やかに育つよう古きことばで名付けられ、その名を明かすのは生涯を共にする相手のみ──のはずだが。


 アレッタは知っている。

 前世のファンブックで。

 詳細なプロフィールから趣味嗜好、そして神名まで。隅々までやり込んだ前世の記憶を遡り、そして思い出す。


 ──テレンツィオ・デル・テスタ。

 神名に太陽の意を持つ『ソール』を賜り、その名の通り太陽のように周囲を明るくし──本編の前に命を落とした人。


 主人公「ウベルト」の、父親の名前だ。

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