第14話 圧倒的暴力の極み

 同郷の村で共に育ち、ウルフの襲撃によって親を失った私にとってレオは兄弟のようなものだった。生き残った村人は町で各々の生活で手一杯。そんな中、彼の両親は私を温かく迎え入れてくれて、色々な経験を積ませてくれた。


 そのひとつに――魔法があった。


 私は幼いながらに、未知への探求心は人よりちょっぴり旺盛だった。おばさんに初めて魔導書をおねだりしたのはいい思い出だ。本なんて高価なものを養子の子が買ってもらえるワケがないのに。

 それすら知らない頃の幾年の誕生日に、彼らは商人から安く譲ってもらった魔導書をプレゼントしてくれた。流石に泣いたよ。嬉しくて大泣き。


 そして、文字をハイルに聞いて内容を理解するのは苦ではなかった。

 私は寧ろ知識欲が満たされていく感覚が癖になっていった。義両親は冒険者であり、その手伝い――主に解体など――をしながら魔法の練習をする日々。


 レオは早くも冒険者見習いとして父親と森へ。

 ハイルは本屋に忍び込み数日で文字をマスターし、その後は商人の手伝いをしていたそう。


 そんな中、魔法は思ったより早く使えたと記憶している。本に書かれた冒頭の内容を理解できた頃には使えていた筈だ。

 たしか――ファイアー。木の棒の先に火を付け、レオとハイルを驚かしたっけ。


 私は生きる目的ができたように感じ、魔物に対する魔法を独自で編み出したりもした。

 十二歳の頃には冒険者として三人で軽い依頼をこなし、その翌年には鉄級冒険者――冒険者として充分な実力者になる。


 そんな折、十五になった私の元に帝立セントラル学園の招待状が来た。それは入学試験の参加権のようなものであるため、それに合格し才能ありと認められなければ意味がないもの。しかし、招待状からの入学ならば、学費免除かつ支援金を得られるといった好待遇で迎えられるのだ。


 私は興味本位で受けてみたが、受かってしまった。

 どうやら魔法を使えるだけで合格らしい。魔術をすっ飛ばして魔法を使う私は天才扱いされた。


 周りの大人は学園に行くべきだと強く言った。義両親にとってもその方が良いだろうと頭では理解できた。育てていた養子が帝国の学園に行くという名誉が得られるから。


 しかし、自分で決めるべきだと言われてしまい、私はひどく戸惑う。


 三人の夢であった冒険者に成るという夢は既に叶った。

 素朴ながら充実した生活いまを棄却して、煌びやかな世界みらいへと向かうべきだろうか。


 その迷いは、彼らによって跡形もなく消滅した。


『きっと、四年もあればマリが理想とする魔法使いに成れるさ! 俺だって銀級、いや金級にだって成ってみせる。だから……』


『――今できないことを優先するべき、だろ?』


『それ! そう言いたかったんだよ。帝都なんて一生行く機会ないぜ、きっと色んな物があって色んな人がいるよ! それはきっと、素晴らしいことだから――』


 彼らによって私は未来に進む意志を得た。

 学園では多くを学び、辛い経験も多かった。だが、魔法科の首席として卒業できたのは迷いがなかったからだと今でもしみじみ思う。


 そして、私だけの幼き夢――魔法使い。

 それを叶えて、昔よりも充実した今を送っている。



       ◇



 得てして強力な二体の魔物が相対した。


 レオはどうなったのか、それを今考えるのはよしておこう。信頼という鎖で縛らなければ不安で戦えなくなってしまうから。


「ガァルルルルル……」


 獲物を見つけた獣は獰猛に瞋恚を殺伐と向けてくる。

 それは、生命に係る被食者的恐怖を抱かせた。


「ヒ、ヒヒーン!」


 獲物を見つけたケモノは淫蕩とこちらを窺う。

 それは生理的な拒否感による底気味悪さを感じさせる。


 初めから薄々理解していたのだが、――あれは、あの目は性的搾取そのものだ。


 淫蕩に耽るよう陶然と歪み、露出した整然と並ぶ門歯は整い過ぎていて不気味極まるところだ。つぶらな瞳は妙にキラキラとして気色が悪く、極めつけに自身のことを色男だと思っているのだろう。あの決め顔めいた視線はこの上なく醜い絵だ。


 敵を睨め回すように見るマンティコア。私たちの体を舐め回すように視姦するユニコーン。どちらも動物的で暴力的な嫌悪を心底感じさせる。


「ひいぃっ!」


 クリスは怖がって私のローブを強く掴んだ。


 こんな魔物ごときに私は臆さないし、絶対に屈しない。そして、あんな魔物に少女を凌辱させてなるものか。

 そんな思いで、私は魔法を発動させた。


「――――アース・ドミネート」


 私たちを中心とし、地面から沸き起こった土壌が全方位に濁流となってあらゆるものを押し流す。まるで津波の如く木々すらも奔流にのまれて平らにならしていく。


 が、ソレを鋭敏に察したマンティコアは蝙蝠めいた翼で空中へと飛翔していた。


「ガァアアアアア‼」


 月明かりに照らされながら、私を殺害すべく急降下した魔物。


「いゃああああああ‼」


 ――そこに、


「ロック・バレット――――きゃっ!」


 心臓を精確に射抜く――――筈だった。


 石質の弾丸を放とうとした私をユニコーンが突き飛ばし、弾道が逸れて致命傷に至らない箇所を抉った。あと数センチで対象を即死させた筈なのに……。

 そんな思考もソレを見た瞬間、名状し難い恐怖に支配される。


「ヒィヒーン!」


 馬乗りになり、ドアップに映し出された貌は下衆の笑みで涎を垂らし、興奮に荒い鼻息をかけてくる。

 そして、私の頬を不気味に長い舌で舐めた。


「――いやぁああ! ライトニング‼」


 稲妻が私の周囲をバチバチと貫き、ユニコーンは空中へと飛翔した。

 翼もないのに空を飛べるとは埒外だった。


 その思い込みが致命的油断だったと慚愧に堪えずに、私は彼女へと視線を送る。


 時すでに遅し、クリスはマンティコアに睨まれ危機に瀕していた。


「――いやぁーっ!食べないでくだひゃひぃいっ‼」


 ――絶叫が静寂なる夜に響き渡った。


「アルファベット・オカ魔法――――」


 そんな騒がしさに、透き通るような凛とした声が一つ。

 まるで場違いな美声は確かに私の耳朶に届いた。


「――オカマUltimateアルティメット Blowブロー――」


 ――――ドゴォゴォゴォオオ!


 衝撃が大地を、森を、静寂すらも、全て等しく抉り。


 ――――パァアンッ‼


 マンティコアを跡形もなく消し飛ばした。摩擦によるものか、赤々とした炎は森の残骸を灰へと変えていく。


 唖然、としていたのはこの場で二者。

 私とクリスだけだった。


 ユニコーンは一筋の矢となり、オカマへと、


 ――――――サン


 銀光が瞬き、角を断ち切った。


「レオっ‼」


 よろめきながら急制動した魔物の正面。


「女の子を追い回すなんて……」


 瞋恚の炎を纏った双眸、般若の如き赫怒に気色ばんだ貌。

 そして、業を煮やす激情に駆られ、敵を燃やし尽くさんとする殺気が場を支配する。


「ヒ、ヒヒーン……」


 威風堂々と聳える圧倒的な風格。

 その認め難い存在感にさらされ、震え慄き失禁するユニコーン。

 それは、もはや馬へと落とされた弱々しい無力な心痛だった。


「――――――最低よ‼」


 パシンッ、という音が響く。

 なにをされたのか理解できない、そんな茫然とした魔物の貌に、


 ――バシンッ!


 二撃目のビンタが頬をぶち抜いた。


「ヒ、ヒヒン……」


 涙を滂沱と流しながら、慄然と小鹿のような足を震わすことしかできない。

 ジョボジョボと音を立て滴る尿はますますユニコーンの名誉を地に落とす。


「な、なにあれ?」


「さ、さぁ?」


 私がレオに訊くと、当たり障りのない返答が帰ってきた。


「オカマさん! やっちゃってくださいましー‼」


 クリスは黄色い声援を送っている。

 もはや意味分からない。あの奇抜な見た目をした人はオカマというのだろうか。レオから聞いたことがある気がするが。

 私はそんな思考で唖然と立っていることしか出来ない。


「声援ありがとう! 可憐なヒロインよ‼」


 そして、往復ビンタが連打される。


 バババババババチーンッ――――。


 それは――圧倒的暴力。

 魔物は抗うことも出来ずに、為す術もなく昏倒した。


 ―――なんて、力だ。


 マンティコアを一撃で塵芥へと帰した一撃、ユニコーンを地に縫い付けた存在感。

 内に秘めた暴力が僅かに漏れたというだけで、こんなにも圧倒的だとは。


 ――――――最強。


 まさに、その一言が相応しい存在だ。


「ヒ、ヒ……ヒヒン」


 昏倒し地に倒れたソレの首根っこを掴み、無理やり立たせるオカマ。

 そして、白純の背中に打ち跨り尻を叩いた。


 ―――バンッ‼


「ヒヒーンッ!」


 たちまち空に駆け出した様は――。


「白馬の王子様ですわ!」


「――どこが⁉ 馬でもなければ男でもない‼」


 終始唖然としていたが、訪れた静寂に熱病が退いていくような感覚を得る。


「依頼は達成かな?」


「ハイル、大丈夫なの?」


「重要な臓器は傷ついてないから、止血すれば問題ないと思う」


 私は治癒魔法をかけて傷口を塞いだ。


「ユニコーンの角!」


 そんな煩雑とした夜はまだまだ始まったばかり。

 私たちはクリスと共に町へ帰還した。



       ◇



 町にとめた馬車でギルが寝ている。

 その事実に少々イラっと頭にきた。


「ん? ああ。クリスか、お帰り」


 わたくしの拳を受け止めておいて、よく安穏としているじゃないか。


「…………」


 ――まぁ、いいですわ。角は手に入ったのですから。


 彼らを翡翠級冒険者として雇うという、そんな容易い条件で譲ってもらえたのだ。あの三人は実に世渡りが上手である。

 このわたくしを利用して出世するとは。そして、どちらも利になる条件を提示できた巧さ。


 愚者は己の欲に溺れ、結果破滅を辿るのだ。

 その点、彼らは信頼できる。特にマリは身を以て守ってくれたし、失禁のことを証拠ごと隠してくれた。もし、姉がいたならこんな女性がいいな、と思える抱擁力があった。


 私には一人の兄と多数の義弟妹がいるが、姉は居ないのだ。


 ――是非またお会いしたいですわ。


「おお、それがユニコーンの――」


 ギルがわたくしの戦利品に気付いた。


「ギルは迷子になっただけではなくて?」


「マンティコアに襲われたんだぞ。本当に……死ぬかと思った」


 彼も彼で苦労していたのか。

 そう思うと何かと水に流せそうだが。

 しかし、やはりというべきか。


「失態ですわね、ギル。ですが、いいものが見られましたので不問に致しますわ」


「いいもの?」


「オカマさんは大変素晴らしかったですわ!」


 彼の顔色が悪くなったのは馬車が動き出したからだろうか。


 本当に長い夜だったが、こんな一日があってもいいじゃない。

 そんな思いでわたくしは城への帰還を謳歌する。


 ……その後、ゼーネにこっぴどく叱られることも知らずに。

 ――――ギルが。

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