観覧車
1
付き合って1ヶ月。帰り際に下駄箱を開けると彼からの手紙が届いていた。シロノワールみたいな甘ったるく
2
彼と期末テストの勉強をした。ガラ空きのフードコートでハンバーガーを食べながら、彼に勉強を教える。イキって買った高いシャープペンシルを握った際に、手の甲に浮き出る太い血管がたくましく見えた。彼はずっと私の肩に頭を乗せていた。それじゃあ、勉強に集中できないでしょう。でも、彼の家のオレンジ色の柔軟剤の香りはどこか落ち着く。
ねえ、ちょっと!他の人がいるところでポテトは食べさせなくていいから。恥ずかしいでしょ。でも、なんか、恋人っぽいなと思った。
3
サッカーの試合を見に行った。日焼け止めを塗って、日傘を持って、友達と見た。彼はディフェンダーだった。敵の攻撃に喰らい付いていく姿は猛々しく、男の子だった。ふと、Tシャツで汗を拭う際に腹筋が見える。他の人に見られるじゃん。少しイヤだった。試合は負けて彼の引退が決まった。タオルで汗を拭くふりをして泣いていたのを私は知っている。
4
今日は彼の誕生日だ。サプライズはあまり得意ではない。とりあえず、手紙を渡した。私に甘い文章なんて書けない。誠意と感謝の気持ちを綴った。こんなのでいいのだろうか。手紙に添えて、プレゼントも渡した。紺と赤のお揃いのブレスレット。彼は涙ぐんで私を抱きしめた。ゴツゴツとした腕の中は、思ったよりも力が強く、苦しくなったが、守られている感じがして心地よかった。
5
私たちは別の大学に通うことになった。これからは別の進路だ。卒業式の日、彼は大号泣していた。私はハンカチを彼に貸すと、サッカー部の人たちから「夫婦感出すな」と煽られてしまった。恥ずかしかったが夫婦という響きが聞いていて気持ちがよかった。大学に行っても何も変わらない。ずっとこのままなのだ。
6
大学生になった。彼はバイトばかりなので会う機会が減った。私は大学のサークル活動をしながら、塾の講師を始めた。仕事というものは慣れなかったがそこそこ楽しくやっている。彼はピアスを開けた。ファーストピアスをプレゼントしようかと思ったが、すでに持っていたのでお買い物かごの欄から消した。
7
映画を観に行った。ケーキを食べれるカフェで彼はコーヒーを飲みながらチーズケーキを楽しんでいる。コーヒーなんて飲んでなかったじゃん。昔からショートケーキが好きだと聞いていたのに。彼はコーヒー豆の産地のうんちくを語った。ベトナムがどこにあるかだなんて知らないくせに。私は適当に聞き流していた。彼はいい顔をしない。
無言になる。
映画は面白かった。帰り際、「バイバイ」とも言えずに電車に乗った。最近家まで送ってくれなくなった。それでも、電車の中から見える月は綺麗で、遠くにあって、にじんでいた。
8
遊園地に行った。彼のピアスは2つになった。最近外に出ていないのか、肌が白くなった気がする。高校の時より少し細くなったかな。服からも少し煙の臭いがする。握った手はカサカサとしていた。私の知らない男の手だった。
絶叫マシーンに乗った。「ネックレスってつけてていいのかな」と情けない声で言うから、少し面白くなって「着けたまま乗ると死ぬよ」と冗談で返す。彼は慌てて外していた。そして、いよいよ乗車すると、彼はあまりにも大きな声で叫んでいた。それが本当に面白くて、また乗ろうと誘った。彼は頷かなかった。
ランチは彼が園内のカフェを予約していた。アイスコーヒーとサンドウィッチを頼んでいたので、私も同じものを頼んだ。彼のカジュアルな服装の中では私のあげたブレスレットが一人ぼっちに見える。サンドウィッチは美味しかった。
夏が終わって、夜が長くなり始めたと感じる。私たちは観覧車に乗った。その意味も何となく知っていた。彼が一言も喋らないから、私から切り出した。
「何か言いたいことがあるんじゃないの」
ボロ、ボロ。と彼が泣き始める。グレーのジーンズの上に水滴の跡がつく。彼は歯を食いしばる。唇が震えている。そんな顔しないでよ。つられちゃうじゃん...
観覧車はゆっくりと昇る。まだ頂点には達しない。彼が口を開いた。
「あのさ」
ガゴッ。彼の言葉を遮るように、急に観覧車が停まった。
「ドアの開閉のトラブルが発生しました。そのまま少々お待ちください」とアナウンスが流れる。
「何か言おうとした?」と私が尋ねる。彼は顔を上げて私の目を見た。私の大好きな人の顔。焼けた肌がよく似合う、男前な顔。
「明日はどこに...」と言いかけて、彼は口を止めた。また、涙をこぼしている。意気地なし。私は下ろしたてのパンツを強く握った。
「別れましょう」
彼は下を向いたままだが、小さく頷いた。こんな形で終わったのだ。観覧車は再び動き出す。降っていく中で私は色々と思い出した。本気で結婚するだなんて、思っていたのにな。
9
目が覚めた。体を起こす。食欲がない。手に持っていたクッションを眺める。彼が私の部屋に残して行ったものだ。顔を埋める。私の匂い。思い出すな。思い出すな。思い出すな。思い出しちゃうじゃん。夢じゃない。好きだった。本当に好きだった。彼のこと以上に、好きになる人なんて今後、絶対に現れない。それぐらい大好きだった。笑った時にできる目のしわも、太くて低い声も、オレンジ色の甘い匂いも、不器用でハグが下手なところも全部好きだった。こらえてきた涙が止まらない。久しぶりに声に出して泣いた。止まらない。さびしい。腕を使って涙を拭う。何かが瞼に当たった。
ブレスレットなんて買うんじゃなかった。
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