エンカウント
「ユータさん、お手紙が届きました」
ジパング商会では、ユータが直接スカウトした人員のみが働いている。
地球の製品を再現する際には、適した職人に受注して製作してもらい、納品した量に対して報酬を支払うという形式だ。
それを売ることで、利益を出すという形になっている。とはいえ、ちょっとした日用品くらいのものしか取り扱ってはいないのだが……。
スーツ姿の女性が、真っ赤な蝋で封がされた手紙をユータに手渡す。彼が裏を見ると、そこには『S&R探偵事務所』という字があった。
「……ステラからか? なんか不備でもあったのかな」
事務所を譲り、内装をリフォームしてから二週間ほど経過した頃。
ヴェ・センリの商会支部で、もろもろの雑事をこなしていたユータは手紙を開いて美しい筆跡の文字を読んでいく。
拝啓から始まり敬具で終わったその手紙は、端的に言えば用事があるから事務所に来い――というものだった。
「とりあえず……今の仕事が終わったらだな」
「はい。この前の出張で、あなたの決済が必要な書類が山のように積み重なっていますから」
彼女が机の上に、ドンと音を立てて書類を積み上げる。その量は一日かけても、終わるか終わらないかというほどの量だった。
ユータは、苦笑いを浮かべる。
「……うそだろ?」
「本当です」
□□□
「や、やっと終わった……死ぬっ……」
外は暗くなり、ガス灯がわずかに辺りを照らしている。酔っ払った男たちに紛れて、ふらふらになりながら大通りを歩く。
少し前までは、ほとんど毎日のように商会で寝泊まりしていたのだが、最近はS&R探偵事務所の近くにあるセンリの自宅に帰るようにしていた。理由はいくつもあるが、一番大きな理由は確認だろう。
「あいつのトラブルメイカーぶりはとんでもないからな」
悪戯っぽい表情の
それは、『MyStery』の中でもよく使われていた物語の導入の一つ。
朝起きたらステラがいなくなっていて、リリィ視点でステラを発見すると何らかの事件やイベントが始まっているという展開に、プレイヤーは呆れて苦笑いすることになるのだが、それもゲームの魅力である。
このステラの
この呼び名は、インターネット掲示板の書き込みが広まってファンの間で使われるようになったのが始まりだ。
「リリィが一番の苦労人なのも、しょうがない話だよ」
「――誰がトラブルメイカーだって?」
「そりゃあ探偵してるやつはみんなトラブル大好き人間だからな……って、ステラ!? なんでこんなところに!?」
シンボルマークの探偵姿は鳴りを潜めて、輝く黒髪を揺らしたステラは何の気無しに言った。
「寝る前に少し散歩しているんだ」
「それは見ればわかるが……。というか、リリィはどうしたんだ?」
ステラはうんうんと頷いてから彼の質問に答えた。
「ぐっすりと眠っていたから、ぼくも起こそうとは思わないさ」
「それはしょうがないな。……というか、こんな遅い時間に出歩いてると危ないぞ。女の子は特にな」
「いつもはこんな時間に出歩かないよ。今日は偶然だね」
ユータは何だか、嫌な予感がしていた。
この謎の緊迫感は、疲れていることだけが原因ではないような気がしてならなかった。
その後、ステラが続けた言葉によって嫌な予感の正体が明らかになった。
「そう、ちょっとだけトラブルの匂いがしたんだよ」
――そう、それはイベントのフラグに違いなかった。
理論派の
それを聞いたユータは思った。――眠いから明日にしてくれないかなぁ、と。
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