S&R探偵事務所

「――引き払おうと思ってた物件があったんだが、丁度いいからそれを君たちに譲るよ」

「とんでもない欠陥住宅だったりしないわよね?」

「いいや、まさか――その真逆だよ」


 ステラとリリィはそろって首を傾げる。

 ユータが先導する形で、街を歩いていく。初めて来たのはユータも同じなのだが、部下から地図を貰っていたのでスムーズに案内することができた。


「事務所はこの先だ」

「――こ、ここっ、貴族の居住区画じゃない!」

「他にも有力な商人や、中央貴族の別荘があったりもするな」

「これは驚いたね。貰うのが申し訳無いくらいだ。……というか、本当にいいのかい?」


 ステラは、ここに来るまでに何度も聞いてきた疑問を繰り返した。

 ユータにとってこれは、いずれ名を轟かせるステラとリリィに対する原作知識を使った投資でもあり、でもある。

 多少無理やりになったとしても、彼女らのパトロンになりたかったのだ。


 原作では事件を解決したお礼として、とある貴族から大金を貰って、事務所を設立するというものなのだが――少し過程をスキップするだけなら問題はないだろう。


「正直言って使い道が無かったからな。逆に貰ってくれてありがたいくらいなんだ」


 一階にある入り口から、階段を上って二階にあるのが今回ユータが譲る予定の一室だった。


 建物の前に来ると、予想以上の好立地にリリィが目を回し始めた。

 それはまるで、宝くじをあてた人間のような反応だ。


「今はちょっと使える状態じゃないから、リフォームに時間がかかるかもしれないけど、ここを君たちに譲ろう」

「――ちょっといいかい?」


 ステラが神妙な顔で言う。


「ん、なんだ?」

「見ず知らずの他人に、なんでこんな高価なものを?」

(……俺としては主人公に媚び売っとこう! みたいな感じだったけど……。たしかに、あっち側からしたら異常だよな)


 何とか言い訳を考えていると、リリィがじとっとした眼でこんなことを言った。


「下心ね」

「と、とんでもない風評被害!」


 とんでもないことをリリィが腕を組みながら言うものだから、ユータは焦って反論する。


「図星でしょ? ステラはカワイイからわからなくは無いわ」

「いやいやいや、違うから! ステラさんも誤解しないでね!?」


 ユータは取り繕っていた口調が剥がれることもいとわずに、必死に否定する。

 するとステラが――、


「――ぷ、ぷふふっ、はははははっ! ほんとうに面白いね」

「え? 俺がとんでもないナンパ野郎ってことで決定されちゃった……?」


 笑い転げ、ついには涙まで流し始めたステラの横でユータは言葉を重ねるが、果たしてそれが伝わったのかは定かではない。



 □□□



「こほん。ともかく、俺はこの物件を手放したい。そして、君たちは探偵事務所が欲しい。だから君たちにタダで譲る! オーケー!?」

「勢いで誤魔化そうとしてない?」

「してない」


 入り口を通り、階段を上る。

 ユータは入り口のカギを、スーツケースの奥のほうから取り出した。

 それで解錠してから扉を開いた。


「中には机すらないけど、一応間取りだけでも見てみてくれ」

「――広いわね」

「外から見たときよりもかなり大きいよな」

「事務所の看板でも下げていたら、すぐにでもお客さんが来そうだね」


 この世界では、探偵に直接依頼して事件を解決してもらうことがよくある。

 それは民間人からの依頼もあれば、警察からの依頼もあるのだ。


「……そういえば事務所の名前は決まってるのか?」

「???」


 ステラとリリィは、そろって首をかしげた。


「なんで首を傾げるんだよ。ここに事務所をひらくんだろ?」

「まったく考えてなかったよ」


 ステラは指をピンと立てて、彼女が持つ独特の考え方を披露する。

 それは、原作のスチルで何度も見てきたもので――


「じゃあ……S&R探偵事務所、なんてどうかな」


 原作とまったく同じセリフを聞いて、ユータは興奮した。

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