推理パート
「推理だって? 俺が?」
「ああ。君がほんとうに探偵ならば、この事件なんてすぐに解決できるだろう」
『MyStery』というゲームの最大の特徴は何かと問われれば、多くの人間がその世界での『探偵』という職業の特異性を挙げるだろう。
日本での探偵は、猫探しや浮気の証拠を見つけるなどといった捜査官のような仕事の内容になるだろう。
しかしこの世界では違う。
探偵をするには免許証が必要だし、それを取るための試験だって存在する。
そして事件現場での権限は、そこらの刑事を遥かに上回るのだ。
「わかった。じゃあ、この事件のことは任せてくれ」
そしてユータは免許など持っていない。つまりは――闇医者ならぬ闇探偵である。
そもそも、探偵だと言ったのはその場しのぎのための真っ赤な嘘だ。
近くにいる刑事に「ちょっと免許証見せてくれませんか」と言われればすぐにでも逮捕されてしまうだろう。
(……犯人当てれば逃げられるか?)
現場検証をするフリをしつつ、そんなことを考えるユータ。
「……とりあえず原作の推理をパクるか。この事件ってどんな感じだったっけ」
ユータはマーク刑事に近づいて、何やら話し合っているらしいステラとリリィを尻目に、こんなことを交渉する。
「容疑者たちにそれぞれ聞き取り調査をしたいので、こっちの個室を使ってもいいですかね」
「ああ、いいんじゃないか? この車両の客室はすべて被害者が貸し切っているらしいからな」
それを聞いたユータは、被疑者である婦人、執事、メイド、弟を一人づつ呼び出した。
まず、個室に入ってきたのは貴族の弟――クシャという男だった。
「君はこの列車が出発してから今まで、どこで何をしていたのか聞いてもいいかな」
「いいっすよ。兄貴を殺したって疑われたくないっすから」
クシャは面倒くさそうに椅子に腰かけると、ユータの質問に答えた。
「えーっと、そうっすねー。さっきまでは丁度この部屋で寝てたっす」
「それを証明できる人はいるかい?」
「うーん、うちのメイドのサナが見てると思うっすよ。事件のちょっと前くらいに一回起こしに来たんで。兄貴の死体を見つけたのも、見回りしてたからじゃないっすかね」
「なるほど、アリバイはあると……」
茶番だった。この軽薄そうな喋り方をするクシャは限りなく怪しいが、実際は犯人ではないのだ。
ユータはクシャに退出を促した。
次に呼び出したのは、クラシックなメイド服を纏った二十代後半ほどに見える女性――サナだった。
「自分のアリバイを証明できるものはありますか?」
「生きている旦那様を見たのは、見回りで客室を覗いた三十分ほど前のことでした。
そこから私は使用人専用の客室に執事のロバートとともに居たので、それがアリバイになるかと思います」
「なるほど……、ありがとうございます」
ユータが礼とともに立ち上がると、サラが忘れていたことを思い出したように言った。
「ああ、それと――旦那様が亡くなる少し前に、ロバートが一度だけ御手洗いに行きましたね」
「……わかりました」
ユータは執事のロバートを客室に呼び、話を聞いたあと、ハンナ婦人からも詳細に話を聞き出していく。
ここまでは、配役は違うものの原作の流れを踏襲していた。
「――うん、けっこう
『MyStery』には、キーアイテムと呼ばれる重要な役目を持ったアイテムがあり、これを発見することで犯人を追い詰めたりすることが可能なのだ。
そして、この事件のキーアイテムはとても簡単に見つかるのだ。
客室から出たユータを、ステラやリリィそしてマーク刑事らが見つめる。
「犯人は分かったのか?」
「この事件を解き明かすのはとても簡単でした」
「ほう。それは興味深いね」
ステラが呟く。
物語の序盤も序盤なので、まだ
そもそもこの事件は、ゲームを始めたばかりのプレイヤーのためのチュートリアルなので、そこまで難しくもないのだ。
「サラさん、たしかあなたが事件現場の鍵を持っていましたよね」
「……はい」
「その鍵は、一体何本あるんですか」
「たしか旦那様の持っていた鍵と、私の持っているスペアキー、そして奥さまの持っているスペアキーの三つです」
「つまり――被害者のいる客室に入れたのはサラさんとハンナ婦人。あなたたちだけだ」
「わ、わたくしは犯人ではありませんわ!」
ハンナがヒステリックに叫んだ。
こんなにもわかりやすい答え合わせは、これの他にないだろう。
ユータは耳を押さえつつ、ゆっくりとこう言った。
「先ほどロバートさんから、サラさんとともに客室に居たという証言を聞きまして――」
緊張からか、ロバートの頬に汗が伝う。
サラの無実を確定させた言葉が、まさかハンナを追い詰めることになるとは思ってもいなかったのだろう。
「ロバートッ! あなたっ、裏切ったのね!」
金切り声を上げたハンナが、ロバートに掴みかかる。
――まだしらばっくれることもできただろうに……。
「いえ、奥さま! これは違うのです!」
「おっと、どうしたんですか。
ハンナ婦人ひとりでは、肥満体型の被害者を吊るすことは難しい……と言おうと思ったのですが、ハンナ婦人にネタバラシされてしまいましたね」
マーク刑事が、ふたりに手錠をかける。そして、彼の部下たちに連行されていった。
ステラが拍手をしながら、こちらに近づいてくる。リリィの顔は不満げだった。
「いいね、素晴らしい推理だったよ」
「はぁ……、これで疑いは晴れたのか?」
ステラは頷くと、こう続けた。
「もちろん晴れたさ。――ところで、君の探偵手帳を見せてもらってもいいかな」
「ギクッ」
「え。今あなたギクッって言った?」
リリィが驚いたように言うが、ユータはそれに反応する余裕など無かった。
「あー、実は今だけ手もとに無くてね」
「探偵手帳なしでの事件解決は罪に問われることもあるけど――」
「――すいませんでしたぁぁぁああああああ!」
こうして、『ヴェ=センリ急行殺人事件』は決着を迎えたのだった。
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