第08話

 一通りの内覧を終え、希未は晶と姫奈を連れてブライダルサロンへと戻った。

 ふたりを四人掛けテーブル席に座らせると、事務所でゆっくりとコーヒーを淹れた。ふたりだけで話す時間を、五分ほど与えたい。


「お疲れさまでした」


 希未は頃合いを見計らい、ふたつのコーヒーカップが載ったトレイを持ってテーブルに向かった。ふたりの正面に座った。

 ドリップタイプとはいえインスタントコーヒーを本職に飲ませるのは恐れ多い。緊張しながらも、ふたりに差し出した。だが、ふたりは特に変わった様子を見せることなくコーヒーを飲み、希未は胸を撫で下ろした。


「いかがでしたか? おふたりの式がイメージできたのなら、幸いです」


 ここからの流れは、ふたりの要望を取り入れた見積書の作成となる。予算との擦り合わせも行ったところで、契約を迫る。

 とはいえ、希未の手応えは充分にあった。限りなく確信に近い。ふたりの結婚式を手掛けられると思うと、熱い気持ちが込み上げるが――落ち着いて、最後まで慎重に進めることを念頭に置いた。


「ご案内した中や、以前から考えていたことなど……どのような式を挙げたいのか、お聞かせ願えないでしょうか?」


 希未はボールペンを持って、ヒアリングの準備をした。

 こちらの投げかけに、正面のふたりは口を開けるよりも、顔を合わせて頷き合った。


「これから見積もり出してくれるんだろ? ここで挙げることに決めたから、そのつもりで頼む」

「いろんな式場見てきましたけど……もう気持ちは変わりません。よろしくお願いします」


 そして、姫奈からワンテンポ遅れて晶も、ふたりで頭を下げた。


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 希未は反射的にふたりより深く頭を下げ、喜びを噛み締めた。

 ふたりと出会って、まだ日が浅い。だが、長い歳月を経てようやく掴み取ったかのような感慨深さがあった。


「あたしこそ、よろしくお願いします! 頑張りますので、何なりと申してください!」


 カフェで、最高の式にすると約束した。あの言葉を嘘にはさせない。全身全霊をもって期待に沿うと、改めて気を引き締めた。


「ちなみにですけど……決め手は何でしたか?」


 希未は冷静に訊ねる。まだ口頭でだが――以前から成約の際は、今後の参考にするために、こうして訊ねていた。

 それに、返事を貰うのは少なくとも、ふたりがこの場を去ってからだと予想していた。悩むことが無いほどに気に入った何かが、ふたりにあるに違いない。是非とも押さえておきたい。

 とはいえ、きっと本格的な教会だろうと希未は思った。これまでも、その回答が圧倒的に多い。


「そうだな……決定打はブーケだよ。あのスケッチを見た時、あれを持って式を挙げてるビジョンが、はっきりと浮かんだ」

「わたし達のこと、ここまで考えてくれてるんだなって、超嬉しかったです。安心して任せられると思いました」


 希未は思ってもいなかった回答に驚くと同時、志乃のにこやかな顔が頭に浮かんだ。結果的にこうして射抜いたにしろ、突然のリスクある行動だったため、釈然としない。

 だが、志乃が居なければどうなっていただろうと、今になって恐怖が込み上げる。この回答を聞くに、悪い方に転んでいた可能性も充分に考えられる。

 ふたりが日程を最優先に考えていたことを、ふと思い出す。

 他の式場との横並びを想定していた。それでも希未は、自分とホテルに自信があった。だが、それは驕りだったようだ。結果的に、志乃の『斬新さ』に助けられたのだ。


「そうでしたか。それでは、あのブーケに似合うように、教会内の装花も考えないといけませんね。まあ、その打ち合わせは追々……」


 希未は内心で戸惑うも、なんとか自分を落ち着かせて相槌を打つ。

 本来であれば、式に関するデザインや配色はドレスが軸となる。まずはドレスを決めなければ、他の事柄は前へ進まない。

 しかし、この案件の場合はブーケを軸に考えた方がいいのかもしれないと、志乃は思った。


「仰る通り、これから見積もりを作成します。要望も踏まえて、大体のことをお聞かせください。後からの変更は、まだ利きますので」


 改めて、ふたりにヒアリングを行った。

 日時は三月三十一日の午後三時半から、教会式の挙式のみ。ウェディングドレスを二着、このホテルでレンタル。ブーケはひとつ。

 まずは、それらを確認した。式自体に特別な要望は無く、スタンダードなチャペルウェディングを挙げたいようだ。あくまでも、格式を重んじている。


「ゲスト様は、現段階で何名ほどお呼びになりますか?」


 披露宴が無いとはいえ、式への参列者が居ないわけではないだろう。一般的に式だけの場合――式を終えた後にブーケトスを行い、プチギフトを配って一度は解散となる。それからはホテル外で食事会を開くことが多い。

 この両新婦もそのような流れになると、希未は思っていた。


「ゼロだ。誰も呼ぶつもりはない」


 だが、晶の口からはっきりと否定された。清々しいほどの笑顔であった。

 希未は少しの間を置き、理解が追い付く。そして、確かめる意味で姫奈に目を向けた。


「わたし達ふたりだけで、こじんまり挙げようと話してまして……」


 姫奈もまた、幸せそうな笑みを浮かべていた。

 誰も招かないという意思は、ふたりに相違が無いのだと希未は理解した。


「ええっと……ご親族様もですか?」


 念のために確認する。

 こじんまりとはいえ、せめて両親を招くと思った。これまでも、それぞれの両親のみが参列した案件を扱ったことがある。


「ああ。両家の顔合わせと挨拶は、正月に済んでいる」


 しかし、言葉通り誰ひとり招かないようだ。ゲスト控室とウェルカムドリンクは不要であり、親族紹介も進行から削除することになる。

 希未は晶の言葉から、親族と仲が悪いわけではないと解釈した。ふたりだけで執り行うことに、周囲は納得しているのだろう。


「招待状は要らない……ということで間違いないですか?」

「はい、手間が省けて良かったです。宛名書くの、けっこう大変らしいですね」

「そ、そうですねぇ」


 希未は苦笑して見せるが、腑に落ちなかった。理由が見当すらつかなかった。

 式のみ、さらに誰も招かず――そして、ふたりは特に悲しそうな様子でもない。それらの事実から希未は強いて考えると、予算の問題が浮かんだ。

 いや、予算を切り詰めるためにゲストを省いたようには見えない。それに、そこまで予算が苦しいならば、もっと安い式場を選んでいるはずだ。

 見積もりを確かめる前に式場を選んだことからも、きっと予算の問題ではないだろう。


「ついでに、パイプオルガンの演奏と聖歌隊も外しておいてくれ」

「かしこまりました……」


 希未は戸惑いながらも、その旨を記した。

 当日の式は牧師の他、自分も含め最小限のスタッフで進行することになる。ゲストが居ないことも含め、そのような式は初めてだ。

 それが顧客の要望であり、進行に支障も無いことから、希未は引き受けるしかない。しかし、どうしてここまで『自分達以外の人間』を徹底的に排除する必要があるのか、疑問は深まるばかりだった。

 ふたりからはやはり、悲しみや躊躇いの様子が無かった。悔いの無い選択だとわかる。

 だが、希未は――ガランとした教会を思い浮かべると、やはり寂しかった。本当にこれでいいのかと思う。とはいえ、口を挟むことも理由を訊ねることも、出来なかった。

 これが初めて扱う同性婚だからだ。目の前に座っているのは、女性ふたりの婦婦だ。こちらにその意図が無くとも、何がきっかけで不快な思いにさせるのか、希未には想像できなかった。慎重になることに越したことがない。つまり、余計な口出しは無用だ。

 その『前提』を確かめると同時、ふたりが構わないのだから問題無いと、希未は自分に言い聞かせた。

 そして、ここで――誰も招かない理由について、ある可能性が思い浮かんだ。

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