25 正反対な親友
(友人……それじゃあ、これまで度々話に挙がっていた『ご友人』というのは、この美青年だったってこと……?!)
いろいろな意味で衝撃的で、私は口を開けたまま立ち尽くす。
と、金髪の青年――エミディオさんがひらひらと手を振り、
「初めまして。ジンの親友のエミディオでーす。噂通り可愛いね、メルちゃん」
なんて軽い口調で言うので、私は慌てて頭を下げる。
「ご、ご挨拶が遅れ申し訳ありません! ジンさんの秘書をさせていただいているメルフィーナ・フィオーレと申します! 宜しくお願い致します!!」
「あはは。そう畏まらないでよ。僕もジンの協力者なんだから、もっと気楽にお付き合いしよ?」
そう言って、やはり緊張感なく笑う。
この、良く言えばおおらかな、悪く言えば軟派な雰囲気は……ジンさんとは、まるで正反対だ。
「あ、こんなところで立ち話させてごめんね。もう夕食できているから、手を洗ってうがいしておいでー」
なんて、ちょっとお母さんみたいなことを言って、エミディオさんはキッチンへと戻って行った。
残されたジンさんは、もう一度ため息をつき、
「帰宅して早々、騒がしくてすまない。荷物を」
「あ、ありがとうございます」
ジンさんに手を差し伸べられ、私は抱えていた買い物袋を渡し、靴を脱ぐ。
彼は袋を見下ろし、優しく微笑んで、
「ふむ、いろいろと買ったようだな。楽しめたか?」
「はい、お陰様で。あ、ジンさんにもお渡ししたいものがあるので、のちほど……」
……と、言いかけたところで。
「ねぇジンー! スープ用のお皿ってどこだっけー?」
そんなエミディオさんの声がキッチンから響き、私は言葉を止める。
ジンさんは、わかりやすく顔を顰めてキッチンへと向かい、
「そこの戸棚だ。何度言ったら覚えるんだ、お前は。そうやってあちこち触るからカップを割るんだろう?」
と、苛立ちを露わにして言うので……
「……きっと、すごく仲が良いんだろうな……」
見たことのないジンさんの様子に、思わず感心しながら呟いた。
「――んんっ、美味しいっ!」
エミディオさんが作ってくれた白身魚のムニエルを一口頬張り、私は目を見開く。
テーブルには他に、蕪を煮込んだクリームスープや、蒸し野菜のサラダ、カリッと焼き上げたパンに、お口直しのトマトのピクルスまである。
そのどれもが街のレストランで出されてもおかしくない美味しさで、私はすっかり幸福感に満たされていた。
「このコクのあるバターの香り、ほろほろでトロトロなお魚の食感……そこにレモンの酸っぱさがきゅっと効いていて、本当に美味しいです!」
「えへへ、お口に合ってよかったー。スープはおかわりもあるから、たくさん食べてね」
向かいに座るエミディオさんが、にこにこと答える。
その隣で無言でスープを飲んでいるジンさんに、私は微笑みながら言う。
「このサラダの野菜も、スープの蕪も、ジンさんが切ってくれたんですよね? ありがとうございます。すごく丁寧に切ってあって、とっても食べやすいです」
と、一緒に作ってくれたというジンさんにも感謝を伝える。
すると彼は、一瞬はっとしてから、すぐに得意げに笑い、
「ふふ、そうだろう? 何せ、君の口の直径を想像しながら切ったからな。食べやすいはずだ」
「ジン。それ、『気遣いができる男』を通り越してちょっと気持ち悪いよ。ごめんね、メルちゃん。知ってるかもしれないけど、こいつ天然物の変態なんだ」
「どういう意味だ、それは」
「そのまんまの意味だよ」
お互いをジトッと睨みながら言い合う二人に、私は「あはは」と乾いた笑い声を出す。
それにしても、ジンさんがここまで心を許すエミディオさんて、一体何者なのだろう……?
『友人』であり『復讐の協力者』であることはわかったが……この軍服姿、ただの料理上手なお兄さんというわけではなさそうだ。
が、ストレートに尋ねても答えてもらえない可能性があるので、私はやや遠回しに聞いてみることにする。
「エミディオさんのことはジンさんから度々伺っていました。いつも料理を作りに来てくれるご友人がいる、って。こんなに本格的な味を出せるということは、もしかしてプロの料理人の方ですか?」
その問いに、エミディオさんは「はは」と笑い、
「いやいや、料理はただの趣味だよ。僕は――イルナティア帝国軍・特殊捜査部隊に所属する隊員。
なんて、やはり軽い口調でさらりと素性を明かすので……私は手元のスプーンから、蕪をぽろっと溢す。
「軍の……特殊捜査官?!」
「そ。ジンに協力してもらいながら例の犯罪組織を追っているんだ。僕の場合、『復讐』じゃなくて『任務』として、だけどね」
「そ、そんなこと、私に教えちゃっていいんですか?! それって軍の機密事項なんじゃ……!」
慌てて尋ねると、エミディオさんは困ったように口を開け、
「あー、確かに。つい教えちゃったけど、潜入捜査とか多い仕事だから、顔を知っている人間が増えるのはまずいんだよねぇ。どうしようかなぁ……君のこと、口封じしなきゃいけないかも」
「くくく、口封じって……!!」
拷問……?! いや、殺される?!
どうしよう、とんでもないことを聞いてしまった……!!
爽やかな笑みの中にドス黒いものを感じ、私はガクガク震える。
すると、隣に座るジンさんが……エミディオさんの脳天に、ガッ! と手刀を振り下ろした。
「おい、メルをいじめるな。怯えているだろう」
「いったぁっ! なんだよ、そう言うジンだっていつもメルちゃんいじめて楽しんでるんだろう?」
「俺はいいんだ」
「よくないですよ!」
ついツッコみながら、私は少しほっとする。どうやら口封じの件は冗談だったらしい。
頭をさするエミディオさんの横で、ジンさんは優雅に食事しながら続ける。
「こいつの場合、素顔が割れたところで任務に支障はない。こんな風にヘラヘラしているが、潜入に関しては部隊の中でも右に出る者はいないだろう」
「へぇ。エミディオさんて、すごい方なんですね」
「えへへ、まーね」
おぉ、こういう謙遜しないところはジンさんにそっくりだ。
なんて感心しつつ、私はしげしげとエミディオさんを見つめる。
「でも……こんなにお顔がかっこいいのに潜入捜査なんかしたら、かえって目立っちゃいませんか? あ、もしかして変装の達人とか?」
と、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると……ジンさんが、何故か食事の手をピタリと止めた。
それを見たエミディオさんは、にやぁっと意地悪な笑みを浮かべ、
「ねぇジン、聞いた? 僕、かっこいいって」
「……うるさい」
「いやぁ、メルちゃんみたいな可愛いコに言われると照れちゃうなぁ。あ、今度デートとかどう?」
「…………」
直後、ジンさんが、見たこともないような形相でエミディオさんを睨んだ。内に秘める闇のオーラがゆらゆらと見える程の恐ろしい剣幕に、エミディオさんは愛らしい顔で微笑み返す。
「もー、冗談に決まってるじゃーん。ジンの大事な秘書ちゃんには手を出さないよぅ」
「あのー……お二人って、すごく仲が良いように見えるんですが、知り合って長いんですか?」
この調子では一向に話が進まないと思い、遠慮がちに尋ねる。と、『すごく仲が良い』という部分が気に入らなかったのか、ジンさんは一瞬眉を顰めつつ、答える。
「……エミディオとは、マリーアダムス魔法学院在学中に知り合った。言わば同級生だ」
「そう。その時、ジンの『復讐』について知って……ジンは卒業と同時に教員に、僕は軍に引き抜かれ捜査官になって。立場は違うけど、同じ組織を追う身になったから協力してる、って感じ」
過不足のない説明に、私は納得する。
前々から疑問に思っていたのだ。暗殺や人身売買をするような犯罪組織を、何故国が野放しにしているのだろうか、と。
ちゃんと軍の特殊部隊が追っていて、同じ目的を持つジンさんと協力している、ということだったのか。
「そうだったんですね……よかったです。ジンさんに、エミディオさんのような頼もしい協力者がいてくださって」
私は、心から安堵する。
ジンさんは、たった独りで危険な組織に立ち向かっているのだと思っていたから。
だからこそ、同時に……少し、自信をなくしていた。
(こんなすごい人が協力者なんだもん。私がよっぽど利用価値のある能力に目覚めなければ、ジンさんの側には置いてもらえないよね……)
思わず視線を落とすと、向かいでエミディオさんがにこっと笑いながら言う。
「いやいや、メルちゃんだって超頼もしい協力者じゃない。頑張り屋で賢くて、すごく気が利くから助かってるってジンから聞いたよ?」
「ジンさんが……?」
驚きながらジンさんに目を向けると、彼は白身魚にナイフを入れながら、
「あぁ。事実だからな」
と、こちらを見ないまま、短く答えた。
私のことをそんな風に話してくれているなんて……嬉しくて、胸が締め付けられる。
さらに、エミディオさんは私の方に身を乗り出し、
「しかも、物を『修復』する能力を持っているんだって? それで僕がこないだ割ったカップも直してくれたんでしょ? すごいじゃない。めちゃくちゃ便利な魔法だよ」
「い、いえ。この力をどう生かすべきか、まだ全然考えられていなくて……」
「そうなの? 僕だったら、犯罪組織が証拠隠滅を図ってビリビリに破いた書類や手紙の『修復』を頼みたいところだね。そうした需要は絶対にあると思うけど」
「……な」
なるほど! そんな活用の仕方があったとは!!
そういう使い方なら、ジンさんの『復讐』に十分貢献できるはず。あぁ、どうして思いつかなかったのだろう。
目から鱗な私に、エミディオさんはにんまり笑い、
「どう? 君も特殊捜査官にならない? その能力があれば、かなり活躍できるはずだよ?」
「えっ、私でもなれるんですか?!」
「駄目に決まっているだろう」
そこで、ジンさんがピシャリと言う。
「これ以上、メルを危険な領域に近付けるわけにはいかない。特殊捜査などもっての外だ」
「もー、冗談に決まってるじゃーん。ジンは過保護だなぁ」
「お前が軽率過ぎるんだ」
あはは、ですよね……と、私は密かに落ち込む。
特殊捜査官になれれば、大手を振ってジンさんに協力できると思ったのだが……さすがにそんな上手い話、あるはずがなかった。
ジンさんはナイフとフォークを静かに置き、私に言う。
「恐らく例の組織には、"魔法の能力を見抜く力"のある者がいる。ファティカや他の人身売買の犠牲者は、その力で選定され、拉致された可能性が高い」
「魔法の能力を、見抜く力……」
「そうだ。仮に君がそいつと接触すれば、優秀な能力を持つ者として標的にされ兼ねない。頼むから、危険な道に進むのだけはやめてくれ」
真っ直ぐで真剣な、ジンさんの瞳。
私のことを軽視しているのではなく、認めているからこそ心配している。それが伝わるような言葉と視線に、私は切なくなる。
……わかってる。けど、それでも側にいたい。
側で、ジンさんの役に立ちたい。
だって、私は……私は…………
……と、そこまで考えて。
……あれ?
私、ジンさんの役に立ちたい気持ちもあるけど……
単純に、「側にいたい」って……そう思っているのか……?
と、今まで無自覚だった気持ちに気付き、かぁっと顔が熱くなる。
動揺が顔に出ていたのか、ジンさんは心配そうに私の顔を覗き込み、
「メル……大丈夫か? すまない、決して君を責めたわけではない。俺はただ、君に……」
「だっ、大丈夫です! なんか急に身体が熱くなっちゃって……あ、あったかいスープを一気に飲んだからかな?」
咄嗟に誤魔化すと、今度はエミディオさんがハッとなって、
「もしかして、ムニエルに使った白ワインのせいかな? ごめんね。アルコール飛ばしたつもりだったけど、酔っちゃった?」
「いや、全然、そういうんじゃなくて……」
「そっかぁ。今後も料理に使えると思って、おっきな瓶で買っちゃったんだけど、メルちゃんが酔いやすいんじゃ使えないね。それじゃあ」
――ぽん。
と、エミディオさんは、ジンさんの肩に手を置き、
「ジン。僕たちで飲んじゃおうか」
キラキラとした笑顔を向け、言った。
しかしジンさんは、ふいっと顔を背け、一言。
「断る」
「えー、なんでよー。けっこう良いやつ買ったんだよ? 食後に乾杯しよーよ」
「…………」
「ワインの一杯や二杯付き合えないなんて、男としてかっこ悪いよ。ね、メルちゃん?」
急に話を振られ、私が「えっ?」と狼狽えていると……
ジンさんは、ギロッとエミディオさんを睨み付け、
「……いいだろう。そこまで言うのなら飲んでやる。さぁ、早く持ってこい」
いつも以上に低い声で、そう言った。
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