6 "影"からの使者


(ま……待って。私と、お付き合い? 結婚?! なんで?!)


 あまりにも突飛な申し出に、私は大いに混乱し、目を回す。


「な……ご冗談を。揶揄からかうのはやめてください」

「冗談などではありません。明るく愛らしい笑顔、ルビーのように輝く瞳、柔らかにウェーブする亜麻色の髪、そして、優しくて真面目な性格。あなたの全てに、僕は夢中なんです!」


 自分の顔が、ぼっと紅潮するのを感じる。私を見つめるセドリックさんの瞳は、真剣そのものだ。

 

 告白はおろか、こんな風に異性に褒められることも初めてな私は、気恥ずかしさと困惑と、ちょっとの嬉しさが混ざったような気持ちになり、口を噤む。

 そこへさらに追い打ちをかけるように、彼はぎゅっと手を握り、


「ドロシーさんから聞きました。メルフィーナさん、行く宛てがなくて教会ここで働いているんでしょ? なら、僕と家族になりませんか? 必ずあなたを幸せにしてみせます!」


 って、ドロシーさん、勝手に私の境遇を話したな?!

 まさかこんな熱烈な告白を受けるだなんて……とにもかくにも急な話だ。

 

 セドリックさんは、良い人だと思う。けど、知り合って間もないし、正直恋愛対象としては見ていなかった。

 悪い気はしないが……ここで安易に受け入れてしまうのは、かえって不誠実だ。きちんと考えてからお返事させてもらおう。


「お、お気持ちは嬉しいのですが……結婚や家族といった話は急すぎて、今は想像ができません」


 だから、お返事を保留にさせてもらえませんか?

 そう続けようとしたのだが……セドリックさんは、私の言葉の都合の良い部分だけを聞き取ったらしく、


「嬉しい? よかった! 確かに結婚は早すぎましたね。では、まずは交際からスタートさせましょう! そうと決まれば早速、僕の家族に紹介しなくちゃ!!」


 興奮気味に立ち上がり、私の手を引こうとする。駄目だ、遠回しじゃなく、もっとはっきり伝えなければ。


「そうじゃなくて! 今は交際のお返事を保留にしたいと言っているのです!」

「えー? でも保留ってことは、少しはその気があるってことですよね?」

「そ、それは……」

「もしメルフィーナさんにフラれたら……僕はもう、この教会には来られないだろうなぁ」

「え……」

「毎回お布施を持ってくる僕が来なくなったら、ドロシーさん、きっと悲しみますよね」

「…………」

「ドロシーさんは、あなたにとって恩人なんでしょう……? だったら……ね?」


 その言葉と微笑みに、私は……言いようのない怖さを感じ、硬直する。

 

 声も、笑みも、いつものセドリックさんらしい、朗らかなもの。

 しかし、だからこそ怖かった。私のドロシーさんに対する恩義を利用し、脅しているような……こちらの良心につけ込むようなその言い方が、妙に怖くて。

 

 身体を硬くし、動けずにいると、セドリックさんは強引に私の手を引く。


「ほら、行きましょう。遅かれ早かれこうなるんだし」


 男性の、それも傭兵である彼の力に勝てるはずもなく、私は簡単に引き寄せられる。

 怖い。彼の言いなりになってはいけないと、私の中の何かが懸命に訴えかけてくる。


「い、いやっ……誰か……誰か……っ」


 そう願ったって、助けてくれる人など現れるはずもないのに。

 私は、神に縋る思いで唱え続け、最後の力を振り絞り、抵抗した――その時。



「――そこまでだ。その手を離してもらおう」



 そんな声がし、涙の溜まった目をハッと見開く。

 

 男性の声だ。セドリックさんも驚き、声の主を探すように懺悔室を見回す。

 明らかに部屋の中から聞こえたのだが、閉め切られた空間には私とセドリックさん以外には誰もいない。


「だ……誰だ? どこにいる?」


 セドリックさんが困惑気味に投げかけた、直後。

 

 私は、目にした。

 床に伸びる彼の影が、水面みなものように揺れ……

 その影の中から、人が現れるのを。


「う……うわぁっ……!」


 セドリックさんも気付き、情けない声を上げる。


 影から現れるだなんて、お化け? 幽霊?

 何にせよ、怖いものであることに違いないはずなのに……

 革靴をコツ、と鳴らしながら床に立つその人の姿に、私は恐怖を抱くどころか……見惚れてしまった。



 さらりと揺れる漆黒の髪。

 夜の海に星を零したような輝きを放つ、青藍せいらんの瞳。

 すっと筋の通った高い鼻に、形の良い唇。

 背の高い均整の取れた身体には、黒色のスーツを纏っている。


 美青年。

 まるで、恋愛小説に出てくる王子様のように美しい青年が、そこに立っていた。


 

「お、お前……何者だ……?!」


 セドリックさんが腰の剣に手をかけながら、震える声で尋ねる。

 青年はにこっと完璧な微笑を浮かべ、それに答える。



「シスター・ドロシーから、彼女――メルフィーナを雇用する権利を買い取った者だ。今この瞬間から、彼女は俺のものになった」

「へっ……?」



 わ……私の雇用権利を……買い取った?!

 

 素っ頓狂な声を上げる私に、青年は――青藍あおい瞳を細めながら、妖しく笑った。



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