かごめ、かごめ

新代 ゆう(にいしろ ゆう)

第1章『祈りと呪いの残骸。』

1-1「旅する死体」

 幸せな出来事と不幸なことは、生涯を通して同じ分量になるはずだ。これはたしか死んだ姉の言葉だったように思う。頭に浮かんだそばから言葉ははほつれ、それを発端に毛糸のようにほどけ始める。壊れた言葉はもう元には戻らない。


 駅前の大通りは車の吐き出す音でいっぱいになっていて、かき消されないようにするためか、芯の通った大声でかごめが言った。


「東京ってもっと、人多いの?」

「うん」


 鹿児島中央駅は駅舎と商業施設が融合した形態を取っており、屋上にある象徴的な観覧車が地上からでも臨める。黄色い路面電車が目の前を横切ったとき、この地域ごと遊園地のようだと思った。


「ねえ、柚沙ゆさ。東京まで行けるかなー?」

「とりあえず今は村から離れることを考えよう」


 弾むような声のかごめとは対称的に、意図せず僕は早口でまくし立てる話し方をしていた。


 かごめは眉尻を少しだけ下げて、「そうだね」、困ったように言う。それは、当事者よりも落ち着かない調子の僕を宥めるようでもあった。


 明日の鹿児島は快晴、週末まで秋らしい爽やかな天気が続くでしょう。昨夜父が聞いていたラジオは、重たい扉越しに数日分の天気を教えてくれた。父も兄も、そうやって僕がラジオの音声を偶然聞いてしまったことを知らない。


 とはいえ、「生贄」として死んだはずのかごめを、僕があの村から連れ出したことにはそろそろ気づかれるころだろう。


「切符売り場ってどこにあるのかな?」

「どこだろう。とりあえずエスカレーター、登ろう」


 十七歳という年齢は、生贄にされるには最も残酷なのではないだろうか、と考える。自分だったら「生贄ですね、わかりました」とはならない。


 例えば乳児だったら死を理解してないから、多少は怖がっても、かごめほどではないだろう。反対に寿命に近い老人だったらどうか。


 そんなことをいくら考えてもかごめが生贄として殺されたことに変わりはないし、今は止まっているその心臓がまた動き出すわけでもない。


「体調はどう?」

「ぜんぜん、元気」


 エスカレーターの一段上でそう言うかごめは本当に元気そうに見えた。心臓が止まっているならどうやって細胞に酸素を供給しているのだろう。考えたところで大した知識を持たない僕は、「呪い」による作用と結論づけるしかない。


 彼女の冷たい身体には、今、村の怨霊が宿っている。


 切符売り場を目指して歩く途中、視界の端に土産店の並びを見た。隣へ視線を送る。かごめも同じ方向へ意識を吸われていたようだ。「どうしたの」、彼女に問いかける。「んー」という前置きを使って、かごめはこちらを振り返った。


「叔父さんに手土産、あったほうがいいかな?」

「今は非常事態でしょ。それに今持ってる金額だけじゃ、二人で東京に行けるかも怪しい。夕作ゆうさくさんは許してくれるよ」

「そっか」


 うん、と僕は頷く。かごめから放たれるあまりの明るさに、一瞬、意識が眩んだようになった。


 自分が持つ緊張感と彼女が持つ楽観性の落差に目眩がしてきた。でも、彼女のその性質が僕に適度な緊張を与えてくれるのも事実だ。


 彼女の明るさにはいつも救われる。最初に話したときもそうだった。

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