閑話オルメリア① 王妃の憂鬱

「まったく、あの子もやってくれるわね」


 オルメリアは何とも言えない表情で、どう表現したら良いかわからない呟きを漏らした。


 ホントに呆れていいのやら怒ったらいいのやら。

 報告を受けたオルメリアの感想はそれであった。


「本気でごまかせると思っているのかしら?」


 ルインズで発生した異常気象。それに引き続き王都も氷に閉ざされた。


 王都の実に九割の人民が氷像と化し、結界で守られていた王城内でも人的被害が甚大だった


 それをアイリスとオーウェンが解決した――という事になっている。が、その裏でウェルシェが暗躍していたのはバレバレである。


「明らかにオーウェンの活躍ではないでしょうに」


 雪薔薇の女王事件を解決したのがオーウェンとアイリスによるものではないとオルメリアは最初から睨んでいた。しかし、事件の事後処理と挙兵してきたトリナ王国との折衝で忙殺され、事件の真相に辿り着いた時には季節が変わっていたのである。


「そんなに王妃になりたくないのかしら?」

「まあ、いいじゃないか」


 難しい顔で悩む妻の肩を夫であるワイゼンが抱き寄せた。その手にはオルメリアを慰めるような優しさがある。


「これで君の息子オーウェンを廃嫡せずに済むだろう?」


 既に暖かくなり春も近い。もうすぐ約束の期日である。この件を功績としなければオーウェンの廃嫡は近日中に決定されてしまうだろう。


「私だってオーウェンが憎いわけじゃないわ」


 だけど、さすがに他人の功績を息子の手柄にして王位に着けるのはオルメリアとしても気が引ける。


「国王となるならオーウェンにはきちんと立ち直って欲しいのよ」

「だが、ここまで巷間の噂となれば無視できないぞ」

「そうなのよねぇ」

「くっくっ、あの娘に一杯食わされたな」


 ウェルシェは事件をオーウェンとアイリスに解決した手柄を全て丸投げしたのである。瞬く間に噂が王都中に広まり、気がつけばオルメリアはどうあってもオーウェンを選ばざるを得ない状況に陥っていた。


「ホントに……まったくウェルシェはやっぱり王妃にしたい子ね」

「まあ、嫌がっているのを無理に王妃にする事もあるまい?」

「あら、私だって王妃になんてなりたくなかったわ」


 ジト目でワイゼンを睨み、オルメリアはペシッと自分の肩に置かれた手を叩いた。


 めちゃくちゃ気の強いヴェルデガルドとの結婚が嫌でオルメリアに泣きついたのはワイゼンだ。オルメリアも王妃なんぞ御免だったのだが、ヴェルデガルドがさっさとグロラッハ侯爵と婚約してしまい仕方なく了承した経緯がある。


 当時、今のグロラッハ侯爵がヴェルデガルドを溺愛しており、これ幸いとワイゼンが結託してヴェルデガルドをグロラッハ侯爵夫人にしてしまったのだ。


 だが、ワイゼンはエレオノーラを愛しているがオルメリアも大好きなのも真実である。が、今夜もお預けを食らい、エーリックと同じ青い瞳が捨てられた子犬のように潤んだ。


 そんな姿を見るとオーウェンよりエーリックの方がワイゼンの血を引いているように思えた。


「まあいいわ」


 オルメリアはため息を吐いた。


「ウェルシェにはしてやられたし、あの子を王妃にできないのは残念だけど」


 オーウェンを廃嫡せずに済んだのだから、今はこれで良しとしよう。


「それよりもオーウェンが立派な王になれるよう教導する方が重要事項よね」


 オルメリアはこれからの苦労を思うと気持ちが沈んだ。


「まずはロオカ男爵令嬢とあの子の愚かな側近達を引き剥がす必要があるわね」

「だけど、『雪薔薇の女王事件』解決の功績は彼ら全員のものだ。王都中にそれが知られている以上、周囲を納得させるのは難しいね」

「そうなのよねぇ」


 事実はどうであれオーウェンとアイリス、そして側近三人組は今や英雄扱い。よっぽどの理由がなければオーウェンとの仲を引き裂けない。


「全く頭が痛いわ」


 エーリックを王太子にすれば、こんな苦労はなかったのにとオルメリアは思う。そんな悩める愛する妻を見てワイゼンはくつくつ笑った。


「オーウェンを矯正するのは大変そうだ」

「他人事みたいに言って――きゃっ!?」


 ぷんぷん怒る愛する妻の腰にワイゼンは腕を回して少し強引に引き寄せる。存外オルメリアは可愛い悲鳴を上げ、ばつが悪そうにワイゼンを睨んだ。


「とりあえず今回の件は終わり良ければ全て良しって事でさ」

「もうっ、あなたったら」


 オルメリアは上目使いで睨んだが、ワイゼンからはむしろ愛らしい表情にしか見えない。ワイゼンは片手でクイッとオルメリアの顎を持ち上げた。


「今は私だけを見ろ」

「あなた……」


 ちょっと甘い大人の雰囲気ムードが二人だけの部屋に漂う。


 自然に顔が近づいていく……


 ――バンッ!


 いきなりノックも無く扉が開け放たれた。


「ひゃんッ!?」


 びっくりしたオルメリアが可愛い悲鳴を上げて慌ててワイゼンから離れた。


「た、た、た、大変にございます!」


 血相を変えて乱入してきたのはワイゼンの侍従ロイヤーだった。


「騒々しいぞ馬鹿者!」


 可愛い妻との逢瀬を邪魔されてワイゼンは一気に不機嫌そうに怒鳴る。


「一大事です! 王妃殿下とイチャコラしてる場合ではありません!」

「私は別にイチャイチャなんてしてないわよ?」


 オルメリアが真っ赤になって否定するが、ロイヤーはそれどころではないと捲し立てた。


「オーウェン殿下が、オーウェン殿下が……」


 ロイヤーはそこまで叫んでまずいと口を押さえ、それからワイゼンに近づくと耳打ちした。


「何だと!?」


 その内容を全て聞き終える前にワイゼンは目を大きく見開いた。

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