第80話 その物語、本当に大団円ですか?

「観念しろ愚か者ども!」


 アキ・オーロジー29才、麻色のくせっ毛に眼鏡をかけた気の強い美人の声が石室の中を響く。


「卑怯だぞ。俺達が気を失ってる間にふん縛りやがって!」

「この縄を解きやがれ!」

「くッ、殺せ!」


 縄でぐるぐる巻きにされ床を転がされたRCブラザーズの面々にアキは冷たい視線を送る。


「ちょ、ちょっと美人だからって俺達にそんな目を向けやがって」

「そうだそうだ、お高くとまってんじゃねぇぞ」

「ヤベェ、俺なんかゾクゾクしてきた」

「黙れ変態ども!」


 アキの目は汚物でも見るかのように変わった。最後のセリフを吐いたヤツには特に。


「壁が元に戻ったからいいようなものを……全く、本当なら百回は極刑に処すところだ」

「レリーフが修復されて良かったですね」

「一時はどうなる事かと思いましたよ」


 助手アーと助手ベーもホッと胸を撫で下ろした。


「こいつら雪薔薇の女王を暴走させやがって」


 助手ツェーがRCブラザーズを一人ずつ小突く。


 ネーヴェが解き放たれた時、アキが迂闊な発言をしてしまった。しかし、ネーヴェは意外にも穏やかで、これは交渉が可能かとアキは喜んだ。


 ところが、RCブラザーズがネーヴェを見て高く売れそうだと攫おうとする暴挙に出やがった。お陰でネーヴェが力を暴走させ、今の今まで全員この場で氷漬けにされていたのである。


「それにしても、俺達よく無事でしたね?」

「光に包まれた後の記憶が曖昧なんすけど」

「あっ、俺も俺も」

「恐らく我々は昔話にあるように雪薔薇の力で凍りついていたのだろう」


 助手達の疑問にアキが推測を述べた。


「しかし、そうなると我々はどうして解放されたのでしょう?」

「良い質問だ助手Aよ。恐らく何者かが雪薔薇の女王を封印したのだろう」


 アキは左の吹雪と都のレリーフの壁に近づきコンコンと軽く叩く。幻ではなく正真正銘の本物だ。


「この壁は雪薔薇の女王を封印するツールだと考えられる」

「つまり、壁が修復されたのは再封印されたことの証左だと?」

「それじゃ雪薔薇の女王は今この中に?」

「それは何だか可哀想ですね」


 全員が傷ましそうに壁を見た。


「この中って、やっぱレリーフの通り氷と雪の寒い世界何ですかね?」

「彼女は数百年もそこに封じられていたのか」

「せっかく外へ出られたのに、また閉じ込められるなんて」

「諸君、今この場で我らにできる事は何も無い」


 同情する助手達にアキは淡々と語りかける。そんな非情なアキに助手達が少し非難するような目を向けた。しかし、そんな視線にもアキはふっと笑う。


「だから、もっと研究を進め、この壁から彼女を救い出す方法を見つけないとな」

「オーロジー先生!?」

「やだッ男前!」

「一生ついていきます!」


 お人好しな助手達にアキはやれやれと呆れる。だが、どこか楽しげだ。


「さあ、これから忙しくな――ッ!?」

「「「うわッ!?」」」


 突如、壁が強く発光した。それはまるで、アキ達が最初にネーヴェと出会ったあの時のように。


「ま、まさか!?」


 アキは額に手をかざし何とか光の中を覗こうとする。しかし、目を灼かれて視界が白に染まった。


「ここは?」


 光が収まっても目を灼かれ視力が回復しないアキの耳に聞き覚えの無い若い男の声が届いた。


(ネーヴェじゃない)


 アキは落胆した。だが、視力が徐々に回復していくと、ぼんやり浮かび上がるシルエットが二人分ある事に気づいた。


「ふむ、またここへ戻ったのじゃな」

「――ッ!?」


 次に耳に届いたのは聞き覚えのある美しい女性の声。


「ネーヴェ!」


 やっと回復した目に映ったのは白い美女と黒の美少年。


「おお、おぬし達か。息災であったか?」


 その声も白い髪も鉛色の瞳も何もかもネーヴェは変わらず美しかった。しかし、氷のようだった表情はとても柔らかく微笑んでいる。


 それだけではない。雪のように真っ白だった胸の薔薇が鮮やかな赤色へと変貌している。左の薬指には同じように真っ赤な薔薇のレリーフが施された指輪が光っていた。


「ネーヴェ、約束の薔薇プロメスローゼを取り戻したのか?」

「うむ、トレヴィルのお陰でな」


 ネーヴェが頷きかたわらのトレヴィルを見上げた。その瞳はとても愛おしそうで柔らかい。


「トレヴィルが指輪の試練を乗り越えたのじゃ」

「それは違う」


 トレヴィルはグイッとネーヴェを抱き寄せた。


「俺達が、だ」

「そうじゃな、妾とおぬし二人で、じゃな」


 ネーヴェは驚いたように目を大きく見開いたが、すぐに笑って頷いた。


「奇跡だ……我々はいま歴史の中にいる」


 アキはぽつりと呟いた。


「数百年に及ぶ時を繋いだ偉大な歴史の生き証人に我らはなった」

「先生、今はそんな事いいじゃないですか」

「そうそう、そんなの野暮ってもんですぜ」

「それよりも、もっと重要な事があるでしょ」


 助手達に諭されアキは確かにと笑った。


「そうだな。この場で相応しいのは新たに生まれた新郎と新婦への祝福の言葉だけ」


 アキはトレヴィルとネーヴェに近寄って二人の肩を叩いた。


「おめでとう。全てを乗り越えた二人の愛に祝福を!」


 助手達がわっと湧いた。口々に二人へ祝いの言葉を投げかける。


 赤の他人のはずなのに我が事のように祝ってくれる彼らに、トレヴィルとネーヴェは顔を見合わせて声を出して笑った。


「ほんにこの世界はお人好しばかりじゃ」

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