閑話ネーヴェの雪⑥ 妾、雪薔薇の女王、いま学園の門の前にいるの
王都マルセイルには国中の貴族子女が集まる学園がある。
――王立マルトニア学園
学園の広大な敷地を囲む壁は見上げるほど高く、どんな攻撃魔術も跳ね返しそうなほど厚く頑丈である。侵入者を拒む防御魔術も施されており、学園に入るには東西南北それぞれに設置されている門を通らなければならない。
その一つ、南門は最も大きく華美ではないが格調高い造りで、学びの園に相応しいマルトニア学園の顔である。
ただ、文化祭期間中は生徒達の手による飾り付けで厳格な趣を異にしていた。両側に開かれた門扉の間を覆う様に建てられた木造のアーチには『マルトニア学園文化祭』と書かれた看板が掲げられている。
本日は文化祭の最終日。
最後の準備にと早朝から学園の関係者が続々と門の中へと入って行く。そんな敷地内へと人が流れて行く中、校門から校舎を眺める一人の白き美女が
「ふむ、ここじゃな」
さらさらと流れ腰まで届く長い髪はどこまでも白く、纏う衣も季節外れの卯の花を思わせるほど白い。全身を白で染め抜いた彼女は
しかしながら、一点の穢れ無き白雪の美貌に前合わせの白き衣を肩脱ぎに纏う姿は何よりも
――白き絶世の美女、雪薔薇の女王ネーヴェ
彼女は目的の物の気配を追ってここまでやって来た。
昨日マルセイルに到着してはいたのだが、マテウとミーシャから是非にと懇願されて彼らの家で歓待を受け旅の疲れを癒した。
「ほんにお人好しの商人夫婦じゃ」
帯に留めた皮袋にネーヴェの指が触れた。いつもは氷の仮面のようなネーヴェの顔が少し温もりを宿す。この袋の中には幾許かの路銀が入っていた。
「妾は特に何もしておらぬのに金子を用立てるとは商人とは思えぬのじゃ」
無一文のネーヴェを放っておけなかったらしく、ネーヴェのお陰で繁盛した分だと言って別れ際にマテウが強引に手渡してくれたのだ。
「人の情とは時が移ろいでも変わらぬものよの」
ネーヴェは胸に両手を重ねた。不思議と芯から温もりが湧き出る。
無限に広がる閉鎖空間に幽閉されていた時は、身も心も冷たく凍っていた。なのに今は氷が溶けていくように強張っていた胸の奥が安らいでいく。
目を閉じ胸に手を当てるそんな姿さえ美しく、みなが足を止めてこの純白の佳人に見入ってしまった。
「さて、いつまでも感傷に浸ってはおれんの」
目を開けると鉛色の瞳を校舎へ向け、ネーヴェはおもむろに歩を進めた。静々と進む姿も幻想的で誰もネーヴェの歩みを妨げず息を潜めて見守っている。
そんな周囲の視線にもネーヴェは全く動じる様子が無い。ネーヴェはまるで無人の野を進むが如く門の中へと入って行った。
ネーヴェの姿が視界から消えた瞬間、止まっていた時が動き出す。
「お、おい、今の止めなくて良かったのか?」
「いや、止めるったって……」
門で入場整理をしていた門衛達も俄かに騒ぎ出した。
「紹介状を確認しなかっただろ?」
「だけど、ありゃあどっかの王族だろ?」
華美ではないが仕立ての良さそうな異国の装束、目も覚めるような美貌、何より見る者をひれ伏させるオーラが滲み出ていた。
「あれを止めるのは……ちょっとな」
「ああ、分かる分かる」
完全に位負けした門衛達はネーヴェを制止できなかったようだ。あるいはこれも乙女ゲームの矯正力の成せる業なのだろうか……
「どうするよ?」
「一応、上に報告するか?」
どう考えても通過させたのはまずいし、上司へ報告しなければならない案件だ。
「あれは……夢だったんだ」
「そうだな、あんな美女が現実にいるわけないか」
そうだそうだと門衛全員が同意した。今のを全て夢か幻であるとし、記憶を封じ込めてしまった。やはり、アイリスが引き起こしたイベントは決して妨げる事はできないらしい。
かくしてマルトニア学園を舞台に『雪薔薇の女王』の物語が新たに紡がれ始めたのだった。
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