第53話 そのお手製菓子、リーサル・ウェポンですか?
剣武魔闘祭も終わり二週間が経った。
ルインズの事件にも慣れ、マルトニア学園は落ち着きを取り戻していた。
「エーリック様のクラスの模擬店は喫茶店なのでございますか?」
「提案者のカオロ嬢が張り切ってるんだ」
「まあ」
どうやら二人は来月の文化祭を話題としているようだ。
「しかも、執事喫茶だって」
「執事?……」
エーリックの説明によると、見目麗しき男子生徒に執事の格好をさせて給仕させる喫茶店なのだとか。
「『これが戦闘服よ!』とか言ってお手製の執事服を男子に渡しているんだ」
「どうして執事の服装なんですの?」
喫茶店はまあ学園祭の定番だから分からなくもない。だが、そこに執事の格好をさせる意味がウェルシェには全く理解できない。
「さあ? 僕にも分からないよ」
小首を傾げるウェルシェにエーリックも肩をすくめた。二人にとって転生者のアイリスの考える事は意味不明のようである。
「しかも兄上達まで巻き込んでいるんだ」
「ええ!?」
これにはウェルシェも驚きだ。他の、それも上級生を自分のクラスの催しに引き込むなど前代未聞。しかも、王族や高位貴族ばかりときている。
それに……
「オーウェン殿下に残された猶予はもうあまりございませんが?」
「そうなんだよねぇ」
オルメリアの出した宿題の期限は半年程しかない。学園祭で油を売っている時間はないのだ。オーウェンは本当に大丈夫なのだろうか?
(アイリス様だってそんな事は承知のはず……承知しているわよね?)
破天荒なアイリスの言動を思い出してウェルシェはだんだん不安になってきた。
「それでも兄上達は嬉々としてロオカ嬢の作った衣装に袖を通していたよ」
その話にウェルシェはギョッとした。アイリスは王族や高位貴族に執事服を着せたと言うのか!?
「まさかエーリック様もお召しになられるんですの?」
「そのまさかさ」
自分の婚約者に何をさせるのかとウェルシェは少し顔を険しくした。だいたい王族に使用人の服を着せるなど無礼にも程がある。
「抗議なさらないんですの?」
「僕以外のクラスのみんなは意外とやる気なんだよ……主に女子が」
オーウェン達は攻略対象だけあって黙ってさえいれば全員イケメンである。そんな美男子達の執事姿を目の前で見たクラスの女子が陥落したのだ。
クラスの男子は女子集団に逆らう勇気が無く消極的賛成に回り、エーリックも仕方なしに同意したのである。
「女子達の目つきが恐いんだよ。とても反対意見なんて言える状況じゃなくてね」
「それは何とも……ご愁傷様でございます」
同性のウェルシェも女子が集団になった時の恐さは理解できる。
「ウェルシェのクラスは何をするんだい?」
「うちはトレヴィル殿下が個人的に例の出し物をするとかで、クラスの男子も何人か抜けてしまって……」
残った人数が少なく模擬店を出すのは断念した。その為、手の空いた者は所属するクラブの出店に注力するらしい。どこにも所属していないウェルシェは手持ち無沙汰となってしまったのだ。
「学園祭は一人寂しくみなさんの模擬店を周らせていただきますわ」
「ダメだよそんなの!」
ガタッとエーリックがイスを蹴って立ち上がった。
「一人でなんて危険すぎるよ」
「学園内ですのに大袈裟ですわ」
過保護だとウェルシェはクスクスと笑った。だが、エーリックとしては気が気ではない。やっとトレヴィルの件が片付いたのだ。それなのに新たな恋敵が出現しては目も当てられない。
「フレンド嬢と一緒にいられないのかい?」
「あいにくキャロルはソレーユ・ブリエ様と絵画を出展されるので忙しいのですわ」
昨年の剣武魔闘祭でキャロルは巨頭シロード・マネの再来と謳われているソレーユの目に留まり、今年は二人で大掛かりなアニメーション絵画を発表するらしい。
「それじゃニルゲ嬢は?」
「イーリヤ様は相変わらず忙しいらしく学園祭には最終日だけ出席されるらしいですわ」
挙げていく名前が全てダメで、エーリックの顔が青くなっていく。
実はキャロルやイーリヤなど友人達の隙間時間を繋ぎ合わせればウェルシェは常に誰かと一緒に学園祭を見て回れるのだが、あえてウェルシェはそこを黙っていた。
「本当はエーリック様とご一緒したかったのですけれど」
ウェルシェがシュンっと
「クラスにご尽力されるなら無理ですわよね?」
「ウェ、ウェルシェ!?」
キラリと光るウェルシェの目元にエーリックの胸が押し潰されそうになる。
(あと一押しってとこね♪)
もちろん全部演技だが。
(手作りお菓子大作戦が決行できないんだから、せめて学園祭デートは約束を取り付けておかなきゃ)
実はウェルシェ、あの後カミラの忠告を無視した。
自分は大人になった。
子供の時分とは違う。
お菓子作りだってできるもん!
もう大丈夫だと言い張って、ウェルシェはクッキーを焼いた。
焼いてしまった……
地獄を知る女カミラはウェルシェお手製クッキーを断固拒否。そこで試食に白羽の矢が立ったのはカミラ特設部隊『お嬢様の為なら死ねるっ隊』の面々だった。
ウェルシェに心酔している彼らは嬉々としてクッキーを口に放り込んだのだが……
悪寒、悪心、嘔吐、腹痛、下痢、発汗、高熱、関節痛、頭痛、眩暈、幻覚……隊員揃って地獄の苦しみにのたうち回って悶絶して泡を吹いた。
その阿鼻叫喚っぷりは、さすがのカミラも言葉を失い、ウェルシェも「ごめんなさいごめんなさい」と泣きながら謝るほど。
天国の花畑で花冠を作って遊んでから生還した隊員達の報告を聞いて、カミラはあまりの破壊力に背筋が凍った。
「パワーアップしてやがる……」
この
ならば仕方ない。学園祭デートで妥協しようとなったのである。
「分かったよ。できるだけ時間を作ってウェルシェと一緒に回る」
「ホントですの?」
「ずっとは無理だけど何とかする」
「嬉しい!」
破顔するウェルシェにエーリックの相好がデレっとだらしなく崩れる。
「でも、私の我がままばかりで悪いですわ」
「それじゃ代わりに僕のお願いを聞いてくれる?」
「私にできる事ならなんなりと」
「後夜祭のダンスパーティは僕とずっと一緒にいてくれる?」
ダメかな?とおずおず尋ねるエーリックの提案にウェルシェがキッパリと回答した。
「そのお願いは聞けませんわ」
「えっ!?」
当然、二つ返事でオッケーをもらえると思っていたエーリックが絶望の表情で固まった。エーリックのそんな反応にウェルシェは悪戯っぽく笑う。
「だって、それはお願いではなく決定事項ですわ」
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