第50話 その隣国の王子、本当に改心したんですか?
「王子相手に何て真似をする侍女ですか!?」
エーリックびっくり!
下手をすれば国際問題まっしぐらだ。いったいどこの非常識な侍女だとエーリックは内心で罵ったが、それはお前の婚約者の専属侍女だ。
「剣を突きつけた美人侍女の笑顔の迫力と言ったら筆舌に尽くしがたかったよ」
「トレヴィルでも圧倒されてしまったと?」
「ふっ、全く手も足も出なかった」
トレヴィルは自嘲ぎみに笑った。剣闘の部で優勝する腕前のトレヴィルを心胆寒からしめる侍女が存在するとは俄かに信じがたい。
「ホント、あの時は生きた心地がしなかったよ」
「それは……我が国の者が失礼をしました」
これは非常に拙い状況である。他国の王子を自国の侍女が襲ったなど、賠償金を請求される程度で済めばいいが。そんな危惧するエーリックとは対照にトレヴィルは晴れ晴れとした顔をしていた。
「いや、いいんだ」
だが、軽く首を振ってトレヴィルは爽やかに笑った。
「むしろ、あの侍女には感謝しているくらいさ。おかげで俺は人生観を変える事ができたんだから」
「人生観を……ですか?」
「ああ、俺は今までずっと母上に逆らえなかった……」
トレヴィルの述懐によれば、幼少期よりトレヴィルは母親の前に立つと恐怖心が湧いてどうにも反抗できなかったらしい。
「俺はそんな自分にずっと鬱屈としたものを抱えてきたんだ」
そんな屈折した感情からトレヴィルは女性を貶める行為へと走った。彼は他人の愛を嘲り、令嬢達を術中にはめて弄ぶ事で抑圧された感情を発散させていたのだろう。
「そんな無体を働き、俺は他人の愛だとか努力だとかを馬鹿にしていた。だが、本当は彼らが羨ましかったんだと今では思う」
自分が得られないものを目の前で見せつけられる。彼らの幸せそうな表情を見て無意識に腹を立てていた。それを壊して遊ぶ事でその憂さを晴らしていたのだろう。
「俺は今まで母上を恐れていたのは単純に畏怖だと思っていた。だけど、今にして思えば俺も術で操られていたのかもしれない」
トリナ王家には秘伝の
「初対面では意識を少し誘導するくらいしかできないし、簡単に
微量な魔力で術を完成させられるので魔力感知されずバレ難いので重宝されている。実際、外交でかなり有用だとエーリックも思った。
トレヴィルの母親は公爵家の出で、王家とも繋がりが深く何らかの手段で知ったのかもしれない。まだ自我が形成されていない幼少期のトレヴィルに、王妃は反抗心を削ぐ為に術をかけ続けていたようだ。
「そう考えると色々と辻褄が合う」
「なるほど、その侍女がそのコンプレックスを克服するきっかけになったのですね」
「ああ、どうして今まで母上を恐れていたのか不思議でならないよ」
トレヴィルは肩をすくめた。
「あれに比べたら母上なんて可愛いもんさ」
「そんなにですか」
長年かけられていたマインドコントロールは簡単には解けないものだ。それを一瞬にして破る恐怖とはいったい?
「あの侍女の前に立つと想像しただけで身震いするよ。はっきり言って彼女と戦うくらいなら裸でドラゴンの前に立つ方がよっぽどマシだ」
「ドラゴンよりも恐ろしい侍女って……」
そんな存在がマルトニアにいただろうか?
エーリックは首を捻った。それほど強ければ噂になっていそうだし、第一どうして騎士とか傭兵ではなく侍女なのであろう。
「まあいっか」
エーリックにしてみればトレヴィルとウェルシェがくっついてなければそれで良い。トレヴィルがウェルシェから手を引くなら願ったり叶ったりだ。
「それじゃあ、トレヴィルはもう他人の恋人に手を出すつもりはないんだね」
「ああ、横恋慕なんて良くはないだろ?」
人は変われば変わるもんだ。
「女の子をたらし込んでいたのは母上への復讐だった。そうやって女性を貶める事で自我を保っていたんだな。だが、それはとてもつまらない人生だと気がついたよ」
常に可愛い令嬢達を侍らせ薄ら笑いを浮かべていたトレヴィルが、一人で自分のところへ来て爽やかな笑顔を向けている。
「俺は失った青春を取り戻す!」
「せ、青春ですか?」
「そうだ、青春、それは努力、友情、勝利……そして愛!」
いや、ちょっと変わりすぎだろ。
「これから俺は真実の愛を探す!」
「ウェ、ウェルシェはダメですよ?」
「当たり前だ、友の彼女に手を出すなんて無粋なマネはしないさ」
「えっ、友!?」
「そう、友だ!」
いったい誰と誰が友人になったと言うのだろう?
「やはり俺の青春には真の友情が必要だと思うんだ」
「は、はあ?」
それがどうして自分なのか?
「一度敵として戦った相手は『強敵』と書いて『とも』と呼ぶんだろ?」
「なんですかそれは!?」
いったいどこのバトル系少年マンガだ。
「これから俺は真の友情を一つ一つ結んでいくつもりだ。そこでエーリック、君と
爽やかな笑顔でトレヴィルが右手を差し出してきた。
「俺の友達になってくれ」
トレヴィルの握手を求める手をエーリックはしばし見つめていた。そして、顔を上げたエーリックは負けないくらい爽やかな笑顔を返して答えた。
「絶対イヤです」
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