第48話 その腹黒、運命背負って飛び立ってたんですか?

 ルインズが雪に閉ざされた事件は、剣武魔闘祭の閉会式後すぐに王城へともたらされた。


 国王ワイゼンは早急に対応し、救助隊と調査隊を組織、素早く第一陣を送ったのだが、彼らもまた消息を絶った。これ以上の二次遭難を恐れたワイゼンは偵察を送るも詳しい情報はあまり集まらない。分かったのはルインズへ続く街道が途中から雪で埋め尽くされてしまった事だけ。


 どうする事もできず、ワイゼンは頭を抱えてしまった。唯一助かったのは、ルインズへ入れなくなったのがマルトニア側だけではなかった事だろうか。


 先日、隣国トリナがここぞとばかりに頼んでもいないをルインズへ送る声明を出した。もちろん相手は獲物を狙う狡猾な狐のような国である。救援など口実なのは見え見えだ。


 実際、トリナに潜伏中の密偵からの報告では救助隊とは名ばかりの完全武装した一軍がルインズへ向けて進軍したらしい。まあ、その軍もルインズに入ったきり音信不通となったようでトリナも大慌てのようだ。ワイゼンがざまあみろと舌を出したのは言うまでもない。


 こうしてルインズの事件は誰にもどうする事もできず、時間ばかりが過ぎていったのである。


 ルインズの事件は誰もが不安に感じている。ルインズに親戚縁者がいれば心配だし、王都も同じような現象に見舞われるかもしれない。だが、それでも人々は今日の糧を得なければ生きてゆけず、今日の糧を得る為には働かねばならない。


 今日も早朝になると王都の郭門が大きな音を立てて、いつものように重い鉄扉が開かれていく。そこから閉門の時間に間に合わず締め出され外で一夜を過ごした行商人などの旅行者が続々と入門し、逆に仕事の為に外へ出て行く者達でごった返した。


 不安が完全に払拭されたわけではないだろう。だが、それでも一時は騒然としていた王都も一応の落ち着きを取り戻しつつあった。


 そんな王都の一画に貴族の子弟が集まる学舎がある。敷地内には煌びやかな校舎が立ち並び、綺麗な制服に身を包んだ生徒達が行き交う光景はとても優雅だった。


 その広い敷地は防犯上の問題から乗り越えるのが困難な高い塀に囲われている。高位貴族も通う学園なのだから当たり前だ。


 だから、出入りも四方にある校門で厳しく取り締まっている。いずれの門も堅牢な鉄格子で造られているが、気品を忘れぬ瀟洒な造りをしていた。


 そのうちの一つ、生徒達が利用する正門に一人の少女が立っていた。


 纏っているマルトニア学園の制服のスカートが風に翻る。白銀の髪をたなびかせ、翠緑の瞳は遠いものでも見るように校門へと向けられていた。なんとも儚げな雰囲気を醸し出している。


 ――この美少女の名はウェルシェ・グロラッハ。


「マルトニア学園か……何もかも、皆懐かしい」


 ウェルシェは久しぶりにマルトニア学園へとやってきた。その期間は一年ではなく一週間であるが。


「そんなところで感傷に浸ってないで、さっさと行ってください」


 雰囲気を出して佇むウェルシェに対し背後に立つ眼鏡の美人侍女は素っ気ない。


「ちょっと急かさないでよ、私には心の準備がいるの!」

「そんなのどうでもいいんで早く校内に入ってください。私が帰れないじゃないですか」

「ちょっと冷たくない!?」


 屋敷じゃ優しくしてくれたのにとウェルシェは剥れた。


「もっと私を甘やかして」

「こんな公衆の面前で、どんな羞恥プレイですか」


 両手を広げるウェルシェをカミラは冷たくあしらった。


 さすがのカミラさんも大勢の目があるところで主人をナデナデなどできない。非常識に見えて彼女にも体面というものがあるのだ。


「だいたい、こんなに騒いで注目を集めてたら見つかりますよ?」

「何によぉ?」

「ウェルシェ!」


 ウェルシェの名を呼ぶ少年の声に、ほら見た事かとカミラは思った。ウェルシェも声の方へギギギッと軋むように首を回した。


 まだ完全に声変わりしていない少し高めの声音が誰のものかウェルシェに分からないはずもない。果たしてそこには金髪碧眼の美少年が立っていた。


「エ、エーリック様ぁ!」


 思わず名を呼ぶウェルシェの声が上ずる。そうとう焦っているようだ。


「良かった。ずっと登校してないから心配していたんだよ」

「そ、その……あの……ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」

「今日も来なかったらお見舞いへ行こうかと思っていたんだ」


 ごめんね、ずっと顔を出せなくてと謝るエーリックに申し訳なくてウェルシェはちょっと涙ぐむ。


「そんな……悪いのは私の方ですわ」

「ウェルシェは何も悪くないよ」


 いいえいいえと首を横に振るウェルシェの目がきらりと光る。エーリックは慰めるようにウェルシェを抱き寄せ優しく頭を撫でた。恋人同士が思いやる何とも微笑ましい光景に周囲の令嬢達の目も温かくなる。逆に令息達からチッと舌打ちの音が聞こえてきたが。


「大丈夫、全部わかってるから」

「でも、私……あんな裏切る真似を……エーリック様に会わせる顔がなくって……」


 エーリックの胸に顔を埋めウェルシェはハラハラと涙を流す。


(さすオジョです!)


 涙に濡れる美少女を抱いて顔がダラシなく崩れまくっている王子様にカミラは「お嬢様……おそろしい子!」と戦慄を覚えた。涙一つで一瞬にしてエーリックを転がしやがったと。


 まあ、この涙は本物なのであるが、どちらにせよエーリックがウェルシェに完堕ちなのは間違いない。


 そんな二人のメロドラマは衆人環視の校門前で繰り広げられた。


「あれが無理矢理だったのはちゃんと分かってるから」

「私を……信じてくださいますの?」

「もちろんさ。僕は最初からウェルシェを信じているよ」

「エーリック様」


 感無量とガバッと抱き合う二人……互いを信じ思い合う恋人に観衆は涙を流して拍手の嵐だ。


「それにトレヴィルからも聞いてるしね」

「トレヴィル殿下から?」

「うん、まあ……そうなんだ」


 ウェルシェが不思議そうに首を傾げると、エーリックが何やら遠い目をしながら語り出した。


「実は彼……」

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