閑話アイリス⑤ ぜ~んぶ大丈夫、じょぶ☆
――ルインズへの街道が雪に閉ざされ音信途絶。
その報せは王都を震撼させた。
ルインズはマルトニア王国と砂漠と常夏の国トリナを結ぶ国境付近にある交易の街である。温暖な気候で過去に雪が降った記録はない。それが人の往来を阻止する程の大雪が降ったのだ。
過去に類を見ない異常な現象にほとんどの王都民は不安になった。だが、この状況を喜ぶ者もいた。
「ふっふーん、ついにルインズが氷に閉ざされたわ。『雪薔薇の女王』イベントも順調に進んでいるみたいね」
鼻歌まじりのアイリス・カオロである。
「先日の剣魔祭は散々だったけど、あんなの所詮は前座よ前座。本命はこっちなんだから無問題の大丈夫、じょぶ☆」
片目をつむってアイリスはキャハッと可愛く笑った。誰もいないところで可愛子ぶっても怪しさ全開なだけであるが。
「このイベントさえクリアできれば剣魔祭での失敗も挽回できるどころかお釣りが来るわ」
思惑が順調に進み浮かれるアイリス。だが、アイリスは忘れていた。このイベントは乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです!』の中でも屈指の難易度を誇っていた事を。数々のプレイヤーを絶望の淵に突き落としていた事を。
「私は『あな嫁』を何回も周回したのよ」
そして、ここがゲームに似た世界であってゲームそのものではない事を。
「とーぜん雪薔薇イベントだって何度もクリアしてきたんだから大丈夫、じょぶ☆」
ウェルシェやイーリヤというイレギュラーに会い、エーリックが選択肢から正解を選べば堕とせる簡単なものではなかった事を忘れていた。
「それにしてもイベント達成してないのに、どうして黒トレヴィルが白トレヴィルになってるのかしら?」
廊下を歩く色黒のイケメン王子の背中を見ながらアイリスは首を傾げた。
「上手くフラグを立てられなかったと思ってたけど、実はちゃんと好感度が上がっていたのかしら?」
一人で準特クラスに入って行くトレヴィルを見送ると、唇に人差し指を当てながらアイリスは前世で遊んだゲームの内容を思い返した。
「まあ、剣魔祭の決勝では確かにゲーム通り卑怯な手段を使ってたし、試合の後にきちんと選択肢のセリフも言ったけど……うーん、でも、彼が本当に攻略できるのは来月の文化祭直前のはずだったんだけどなぁ」
第一トレヴィルルートのイベントをほとんど達成できていないのだ。どこでどう攻略できたのか不思議でならない。
「きっと、ゲームの矯正力が働いたのね」
ちょっと腑に落ちない点があったが、アイリスはすぐに考えるのを止めた。
「ゲーム転生したってことは私には幸運の女神様がついてるのよ。私を憐れんで援助してくれているのね」
自分のような可愛い子には当然の処置だとアイリスは一人で納得した。
「まあ、何にしても……」
窓から教室の中を覗けば、ちょうどトレヴィルがエーリックに絡んでいた。それを見ながら妄想してアイリスが嵐を呼ぶ幼児よろしくニタァっと笑う。
「やっぱ、トレ×エル最高!」
グフッグフフフッと怪しい笑い声に横を通り過ぎようとした生徒達もドン引きだ。
「トレヴィルに関してはこれを見られただけでも十分ね」
アイリスは左手を挙げてムフッと笑う。左指がキラリと光った。
「それに『
どうせトレヴィルはイベントクリアにとって絶対必要条件ではない。
「さーて、それよりもイベントクリアの為の準備をしなきゃ」
重要なのはイベントをクリアしてオーウェンを王様にする事。それ以外は二の次三の次なのだ。
「さっそく今日から女王様を迎え撃つ戦闘服を作りましょ♪」
アイリスはスキップを踏みながら右拳を突き上げた。
「ぜ〜んぶ上手くいくわ。大丈夫、じょぶ☆」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます