閑話アキ先生の考古学教室② アキ先生の教育的指導

 ――どんがん! どんがん!……


「何だこの音は!?」


 静謐せいひつな石室で大音響に包まれアキは眉間の皺をより深くした。ドンガンドンガンとやかましく、まるで工事現場のようではないか。


「わ、分かりません」

「左の雪と氷の壁画の奥からだと思われます」


 その大音響に助手アーベーが慌てふためく。


「どうやら左の壁の奥から響いているみたいですが……」


 助手ツェーの指摘にアキ達の目が氷と雪のレリーフへと集中する。自然と口を閉じて聞き耳を立てた。


 ――おい……本当に……間違い……か……

 ――早く……と巡回……やって……ぞ……

 ――大丈……て……俺に……おけって……


 時折、騒音が止まると合間に何やら人の声らしきものが聞こえてくる。


 がんがん! どんがん!……


 そして、再び壁を叩くような騒音が始まりアキは首を捻った。


「壁の向こう側に誰かいるのか?」

「他にもここへと繋がる入口があるんでしょうか?」

「オーロジー先生もAも何ボケてんですか!」

「今日の調査メンバーは我々だけですよ!」


 この遺跡は国が完全封鎖している。入るのには許可が必要で、今はアキが率いる調査団しかルインズに来ていない。


 つまり、手続き無しで遺跡の中に入り込んでいるのだ。しかも、壁の向こう側からなど怪しい事この上ない。十中八九間違いなく不法侵入者がやって来たのだ。


「ちょっと待て、するとこの音はまさか……」


 アキの顔が青ざめた。


 予想が正しければ不埒者どもはとんでもない罰当たりな暴挙を働いている。違ってくれとアキは神に祈った。


 どんがん、ガラガラ……


 だが、果たしてアキの予想が正しかった事が証明された。雪と氷のレリーフが一部壊れて崩れ落ちたのだ。


「よっしゃ、貫通した!」

「急げ急げ、金目の物を探すんだ」


 そこから一気に壁が突き破られ、三人の男達が飛び出してきた。


「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 アキの絶叫が石室の中で大反響する。


「壁画が……レリーフが……」

「世紀の大発見が……」

「こいつら別の場所から穴を掘ってきたのか!?」


 アキ達は瓦礫の山と化した壁のなれの果てを呆然と眺め、それから壁を突き破って現れた男達へと視線を上げる。その背後には空洞が延々と続いていた。


「な、なんだお前達は!?」

「どうして遺跡内にいやがる」

「さては俺達と同じ目的だな」


 怪しい男達もアキ達の存在に気がつき騒ぎ出した。


「き、き、貴様らぁぁぁぁぁ!!!」


 アキの絶叫が石室から空洞へと抜けて木霊する。


「この壁がどれ程の価値があるか分かっているのか!」


 アキが怒り狂うのも当然だ。数百年の月日を経てなお完全な状態で残っていた歴史的遺物。それを木っ端微塵にされたのだから。


「あぁん、壁だぁ?」

「ただの壁だろ」

「そんなもん金になりゃしねぇ」


 しかし、男達は全く気にも止めない。


「この遺跡の俺達はここまで通じる穴を掘り進めてきたんだ」

「その労力と費用の元を取らにゃならん」

「そうだそうだ、金目の物以外に興味はねぇ」


 彼らにとって金銀財宝以外は何の価値も無い。歴史的建造物など壊したって何の良心の呵責も感じていない。


「穴を掘ってだと!?」

「ここは一般人立ち入り禁止だぞ」


 モラルもへったくれも無い男達にアキと助手らは怒り心頭で、


「はっ、俺達は国の横暴に屈したりしない」

「そうだそうだ、お宝を独占しようたってそうはいかないぞ」


 何故なら彼らに罪の意識が無いからだ。むしろ、悪逆非道な国を出し抜いた正義の味方とでも思っている節がある。


「先人達に敬意を払えない俗物がッ!」

「いったい貴様らは何者だ!」


 アキと助手Aの怒声に男達はむしろ胸を張った。


「ふんっ、聞いて驚け」

「俺達はあの有名なトレジャーハンター『遺跡掃除兄弟レリッククリーナーブラザーズ』略してRCBだ」

「俺らが入った古代遺跡にゃぺんぺん草も生えないともっぱらの評判なんだぜ」


 それは遺跡を荒らし回っている彼らの完全なる悪評だ。だが、RCブラザーズはまるで悪びれた様子もなく、むしろ偉大な功績を語るかのように誇らしげだ。価値観が違い過ぎて話にならない。


「俺達は遺跡の中から埋もれた数々のお宝を発見し」

「それらと引き換えにちょいとばっかし金を得る」

「俺達はそんな夢とロマンを求めるトレジャーハンターだ」


 ――ブチッ!


「何が夢とロマンだ、何がトレジャーハンターだ、この墓荒らし共が!」


 ついにはアキがぶち切れた。


「こいつら……殺す!」


 アキの周囲で魔力が渦巻き、宙に石礫が生成されていく。


「うわぁ! 先生が切れた!?」

「さすがに殺しはまずいですって」

「オーロジー先生、落ち着いて!」

「いいや殺す!……こんなヤツら生かしておいても害しかあるまい」


 アキの暴走に助手達は大慌てだ。

 彼女が殺ると言ったら必ず殺る!


 アキ・オーロジー29才、腐ってもマルトニア学園を優秀な成績で卒業した現役教師。考古学にハマって勘当された元貴族の彼女は魔術の腕も相当なものなのだ。


「先生のお気持ちは我らにも痛いほどよく分かります」

「ですが、ここは捕まえて官憲に引き渡しましょう」

「そうです教師が人殺しは外聞が悪いですって」

「むっ、確かに教育者がむやみに殺すなどと口にするのは情操教育上よろしくなかったな」


 助手達の懸命な説得にアキも大いに同意した。


「諸君、私が間違っていた」


 改心してくれたアキに助手達もホッと一安心……


教育的指導だ撫で切りぞ根切りぞ、こん遺跡を荒らす奴ばら共は更生するぶっ殺す!」


 ……できなかった。


「「「ぜんぜん分かってないじゃないですか!?」」」

「こんバカな奴ばら共は糞じゃ、皆殺しじゃ!」


 殺ってやる、殺ってやる、私は殺ってやるぞ。とアキは拳を振り上げ気炎を上げた。


「死なないと更生できんクズ共めッ、私が引導を渡してやる!」

「はんッ、この俺達RCブラザーズとやろうってか?」

「俺達は荒事もお手のものなんだぜ」

「女だから手加減すると思ったら大間違いだぞ」


 アキとRCブラザーズが睨み合い一触即発の状況に助手達はアワアワと狼狽える。と、その時、床に散乱していた壁のなれの果てが微かに輝いた。


「んっ?……」


 全員が疑問に感じた次の瞬間、崩れた瓦礫の山が稲光さえしのぐ強烈な光を放った。


「何だ!?」


 まばゆい光に全員の目が眩む。


「「「目がぁ、目がァァァ!!」」」


 近くにいたRCブラザーズはもろに目を灼かれ、両目を押さえて転げ回る。アキ達もあまりの眩しさに手を翳して目を細めた。


 見れば床の瓦礫から光の柱が立ち昇っている。


 ゆらり――


「あれは?……」


 その光の中に人影が陽炎のように揺らめいていた。

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