閑話アイリス① 頼もしき攻略対象

「アイリス……」


 初夏の麦畑のような黄金色こんじきに揺れる髪。


「何も心配はいらない」


 彼の曇りなき夏空のように鮮やかな青い瞳が、優しく小柄な美しい少女を見つめた。


 その黄金色の少年――オーウェン・マルトニアはすらりと細く美しい。


 だが、誰もがひれ伏す威厳があった。それもそのはず、彼はここマルトニア王国の第一王子なのだから。


「何があろうと君は俺が守る」


 しかし、少女へかけた声に威圧感はなく、むしろいつくしむようにとても甘い。微笑むオーウェンは手を伸ばした。その手が触れたのは麗らかな春の陽射しを浴びたスリズィエの花びらのような薄桃色の髪に触れる。


「オーウェン様……」


 少女は春の空の如き水色の瞳を潤ませオーウェンの胸にしなだれた。


「だけど私のせいでオーウェン様の立場が悪くなっちゃうかも……」

「アイリス、君はいつも他人を思いやる本当に優しい女性ひとだ」


 オーウェンは愛しい恋人の腰に腕を回す。


 マルトニア学園三大美少女に数えられるスリズィエの色をした少女――アイリスの身体は細く、抱き締めれば簡単に折れるのではないかと思えるほど華奢である。


「だが、アイリスが気に病む必要はない」


 そんな頼りない身体も、愛らしい顔もオーウェンの庇護欲を誘った。


「君には何の責任もないじゃないか」

「でも、オルメリア様もお怒りになってるって聞いたわ」


 オーウェンの慰めの言葉にもアイリスの曇った顔が晴れる事はなかった。


「このままではオーウェン様が廃嫡されちゃいます」

「母上はイーリヤに騙されているんだ!」


 オーウェンの語気が荒くなる。どうにも自分の婚約者の事となるとオーウェンは平静でいられない。


「そうさ、全ては悪辣な義姉さんが悪いんだよ」


 だが、そんなオーウェンに白髪赤眼アルビノの美少年が賛意を示した。イーリヤの義弟コニール・ニルゲである。身内ではあるが好き放題するイーリヤに対し良い感情を抱いていなかった。


「あの女狐め、王妃になりたいばっかりに皆を騙しやがって!」


 熱くイーリヤを批難したのは赤髪の美丈夫クライン・キーノン。曲がった事が大嫌いな彼はアイリスをイジメるイーリヤを許せなかった。


「私達が必ずあの女の悪事を暴き、周囲の目を覚まして見せます」


 青髪の怜悧な令息、サイモン・ケセミカが中指で眼鏡をクイッと持ち上げる。彼はせっかくの優れた才知を己の欲望に使うイーリヤを軽蔑していた。


「お前達……」


 悪の令嬢イーリヤを打倒する為、賛同し協力してくれる頼もしい側近とも達。彼らの支えにオーウェンは自信を持ってアイリスの両肩に手を置いた。


「大丈夫、俺達にはこんなにも心強い仲間がいるじゃないか」


 オーウェンの言葉に三人が力強く頷いた。


「そうだぜ、俺達がついてる」

「ああ、僕がきっと姉上の悪事を見つけてくるよ」

「大船に乗ったつもりでは私達にお任せください」


 クラインが胸をドンッと叩き、コニールが両拳を握って決意表明する。サイモンは中指で眼鏡をクイッと持ち上げた。


 アイリスは彼らに視線を順に送る。


 正統派の俺様王子の他、筋肉質で頼もしい美丈夫、小さい天使のように可愛い美少年、眼鏡の似合う怜悧な美男子。そこに並ぶのは様々なタイプのイケメン達。


 悪辣な悪役令嬢イーリヤを敵に回してしまったせいで学園で孤立するアイリスにとって数少ないが頼れる仲間達。


 オーウェンもそんな頼もしい友を見回し大きく頷いた。


「アイリスの方がずっと素晴らしい女性だと父上も母上も気づくはず」


 そして、オーウェンはこれ以上ない甘い微笑みをアイリスへと向けたのだった。


「きっと何もかも上手くいく」

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