第13話 その二年目、本当に大丈夫ですか?
「それではイーリヤ様、アイリス様、本日はお越しくださり誠にありがとうございました」
イーリヤは手をヒラヒラ振って、またねと言って去って行く。アイリスはフンッとそっぽを向いて帰った。かなり立腹しているのか、肩を怒らせドシンドシンと足音がしそうなほど大股で歩いている。
そんな二人にニコニコ笑顔を絶やさずウェルシェは見送った。
次第に遠のいていく二人の影。
その影が小さくなるにつれて、逆にウェルシェの表情に影が濃くなる。そして、二人の姿が消えると、ウェルシェのこめかみの血管が現れ、怒マークまで浮き出た。
「ざけんじゃないわよ!」
「どうどう」
うがーっと切れ散らかすウェルシェを宥めようとカミラは鎮静効果のあるお茶を淹れて差し出した。
「これでも飲んで落ち着いてください」
「ありがとう」
ウェルシェはソーサーを受け取り、お茶を一口含む。ふわりと鎮静効果のある薔薇の香りが口腔内に広がり、ウェルシェは普段の落ち着きを取り戻――
「せるかぁ!!!」
ウガーッとソーサーとカップを放り投げた。
「紅茶に罪はありませんよ」
カミラは宙を舞うソーサーとカップを器用にキャッチして片付けていく。
「なんなのあのアイリスって子は!?」
「まあ、私もお嬢様への非礼にあの娘を殺したくはなりましたが」
「非礼とか無礼とかはどぉでもいいのよ!」
「それは侯爵令嬢としてどうでも良くはないでしょう?」
「名誉だとか矜持だとか、そんな下らないもの犬も食わないわ」
貴族としてどうかと思うがカミラは表情を変えずにしれっと流した。
「問題なのはオーウェン殿下の継承権よ」
「あの娘を引き剥がせないのでは絶望的でしょう」
このままじゃオーウェン殿下だけではなく自分だって破滅するかもしれないのに
ウェルシェにはアイリスが理解不能だった。ウェルシェの出した条件は末端の男爵令嬢には破格のものばかり。このままオーウェンという泥舟に乗ってるより遥かに未来が約束されている。
「何なのよヒロイン補正って! ザマァが運命ってどういう事?」
「やけに自信がありましたね」
カミラは口元に手を当てながらお茶会でのアイリスの様子を思い浮かべた。
「何か策でもあるのでしょうか?」
「不可能に決まってるじゃない!」
「まあ、どう考えても今のままではオーウェン殿下が廃嫡を回避できるとは思えませんね」
「それに、たとえオーウェン殿下が廃嫡を免れても、アイリス様は王太子妃にはなれないわ」
男爵令嬢のアイリスが王太子妃に、ゆくゆくは王妃になるなど天地がひっくり返ってもありえない。
「イーリヤもイーリヤよ」
「どうにもイーリヤ様もヒロイン補正やザマァの運命なるものを信じている節がございましたね」
「きっと、なし崩し的にオーウェン殿下との婚約を解消するか、なんならザマァされて貴族から抜けるつもりなんだわ」
「お嬢様じゃあるまいし」
「いいえ、イーリヤからは私と同じ臭いがするわ!」
それはどんな臭いだ?
「さっさと義務から解放されて悠々自適な生活を送るつもりなのよ」
「イーリヤ様は商会があるので将来安泰ですものねぇ」
「ぐぬぬぬ……まずいわ」
オーウェン廃嫡回避にイーリヤの助力が得られないのはウェルシェとしてはかなりきつい。
「やはり、お嬢様が大人しく王妃になられるのが一番丸く収まるのではありませんか?」
「絶対イヤ!」
ウェルシェそんなのだんこきょひ!!
まあまあそう言わずとウェルシェを
「ほら、エーリッくんも喜んでおりますよ。『傀儡王にボクはなる!』お嬢様に操られて」
「何よエーリッくんの操作器側の手にハメてるパペット人形は!?」
カミラは右手に女の子のパペットをつけて十字の釣り手を器用に操っている。無駄に器用な女である。
「私が隙間時間にせっせと作った入魂作『パペットウェルちゃん』です」
可愛いでしょ?とウェルちゃんに頬ずりするカミラ。無表情なのにどこか恍惚としているのが不気味だ。
「捨てなさいそんな物!」
「そんな物とは失敬な」
無表情に不満の声を上げるカミラ。だが、パペットウェルちゃんを見る目が愛おしそうだ。
「一針一針お嬢様への愛を篭めて作ったのに」
「ヒィッ!」
自分に似た銀髪翠眼のパペットを撫でまわされ、ウェルシェの背筋にゾクッと悪寒が走った。完全に呪いの人形じゃねぇか。
「ほらこうやって『ワタシが一番エーリッくんをうまく使えるのよ』」
カミラが器用に声をマネてウェルちゃんでエーリッくんに両手を上げるポーズを取らせる。
「『傀儡王にボクはなる!』かくして大いなる傀儡政権は始まったのだ!!!」
「やめなさい!」
そんな呪いの人形でやられるとホントに現実になりそうだ。
「じゃあ、エーリック殿下との婚約を止めますか?」
「それもダメ!」
「そこまでして王家からの優遇処置が必要ですか?」
「と、とーぜんよ」
恋を自覚してしまったウェルシェにエーリックとの婚約解消の選択肢はない。恥ずかしくってカミングアウトはできないが。
「必ずイーリヤをオーウェン殿下とくっつけてやるんだから」
「ですが時間があまりありませんよ?」
オーウェンは今年で三年。
卒業まであと一年もない。
「それにお嬢様は二年生。剣武魔闘祭と文化祭に加えて修学旅行もあるんですよね?」
マルトニア学園の二年は行事が目白押し。
ウェルシェには自由になる時間が少ない。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
「そういうのを無駄な
もう諦めればいいのに『ねぇ』っとカミラはエーリッくんと頷き合う。だが、ウェルシェは拳を振り上げ気勢を上げる。
「ネバー、ネバー、ネバー、ネバーギブアップよ!」
こうして波乱の二年目がスタートしたのだった。
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