第11話 その釣書、本当に必要ですか?


「提案って何よ?」


 胡散うさん臭そうなウェルシェの笑顔にアイリスは警戒MAX。どう見ても腹黒い笑顔だ。気を許せないのは当然だろう。


「最大の問題はオーウェン殿下が廃嫡されてしまう可能性が高い事ですわ」


 だが、アイリスの質問に答えずウェルシェは話を進めた。


「王位継承権を失えばオーウェン殿下ご自身が一番困りますわ。それではアイリス様も望みが叶わないのではありませんの?」

「むぅ」

「イーリヤ様も婚約者を失い名誉に傷がついてしまいますわ」


 もっとも困る人物は王妃に絶対なりたくないウェルシェなのだが、交渉事で自分の弱味を晒す馬鹿はいない。それどころか、本当は自分が一番困っているのに、さも皆さまの為ですと恩着せがましい辺りはさすがウェルシェ。ホント腹黒い女である。


「ですが、逆に言えばオーウェン殿下につつがなく立太子していただければ全てが丸く収まると思われません?」

「私は別に名誉なんてどーでもいいんだけどね」

「どーでも良いのならオーウェン殿下とご結婚しても問題ありませんわよね?」

「いや、名誉はともかくオーウェンとの結婚はどっちかって言うとイヤなんですけど」


 実際、イーリヤはもともとオーウェンとの婚約には乗り気ではなかったのだ。オルメリアにごり押しされてしまったのだから、むしろ婚約破棄上等である。


「この際、イーリヤ様のお気持ちはどーでも宜しいですわ」

「酷ッ!?」


 さっきまで皆の幸せとか言ってた口でイーリヤの意向をバッサリ斬るとんでもない女である。


「しかし、もうオーウェン殿下の卒業まで時間に猶予がありませんわ。ここは思い切ったテコ入れが必要ですの。その為に、お二方のご協力を賜りたいのですわ」

「私にどうしろって言うのよ?」


 アイリスは警戒を強めてウェルシェを睨んだ。睨まれたウェルシェの方は変わらずニコニコ笑っている。


「アイリス様にはオーウェン殿下から手を引いていただきたいのですわ」

「――!?」


 ウェルシェの提案にアイリスは両手をテーブルにダンッと叩きつけ、ガタンッと椅子を蹴って立ち上がった。拍子にティーカップが倒れテーブルクロスに紅茶のシミが広がる。


「ざけんじゃないわよ!」

「まあまあ、落ち着いてください」

「やっとの思いでオーウェン達を攻略したのよ。このままザマァやってエンドロールまっしぐらって時に、どうして今までの努力をフイにしなきゃいけないのよ!」

「ご安心くださいませ」


 アイリスがぶち切れたが、ウェルシェはまったく動揺した素振りを見せない。


「アイリス様もご親族様も、ご学友、関わるみなみなさまのご要望にお応えし、みんなニコニコ笑顔で幸せな気持ちになれるプランをご用意いたしましたの」


 何だそのウェディングプランナーみたいな言い回しは?


 アイリスは毒気を抜かれ、イーリヤは頬杖をついてニヤニヤと事の成り行きを見守っている。


「アイリス様にはオーウェン殿下から身を引いていただく代わりに、私から良きお相手をご紹介させていただきますわ」


 パンパンッとウェルシェが手を叩いて合図を送ると、カミラが銀の盆サルヴァを片手に現れた。


 カミラはスッと音もなくアイリスの前に銀の皿サルヴァを置く。その上には大量の紙束が載せられていた。


 どうやら二つ折りにされた書類の束のようだが……どうぞご覧くださいとウェルシェに促され、アイリスは紙束に手を伸ばした。


「これは……」


 一つ取って開いてみれば、男の姿絵が目に入り身上が書かれていた。イーリヤも横から一つ手に取って開く。


「あ~、これは釣書ね」

「そんなの見りゃ分かるわよ」


 改めて紙束を見ればかなりの数。

 これら全部が釣書なのだろうか?


り取り見取りですわ」

「まさか、私のお見合い相手を選べってこと?」

「お好きな殿方をお選びください。どの方もアイリス様との良縁を望まれている素晴らしいお相手ですわ」


 アイリスは幾つかの釣書にざっと目を通すと、みるみる顔が赤くなっていく。一緒に閲覧していたイーリヤは反対にくすくす笑った。


「冗談じゃないわ!」

「あ~、ウェルシェは根本的なところで誤解してるわ」

「これじゃ攻略にならないじゃない!」

「アイリスは結婚相手を探しているわけじゃないのよ」

「はい?」


 ウェルシェは混乱した。


(アイリス様はより良い結婚相手を探していたのではないの?)


 それなら何故オーウェン達に近づき篭絡するような真似をしたのか?


「それにどいつもこいつも男爵や子爵、果ては商人の息子じゃない!」

「アイリス様も男爵令嬢ではありませんか」

「私はヒロインよ!」

「そう申されましても現実として身の丈に殿方に嫁がれる方がよろしくありません?」


 みなさん前途有望ですよとウェルシェは勧めるが、アイリスの目は不満たらたらである。


「こんな奴らじゃ結婚しても遊んで暮らせないじゃない!」

「ですが、家格の合わない所へ嫁がれたら、かなり苦労されると思いますよ?」


 裕福な庶民や男爵・子爵令嬢が王家の側室や侯爵・公爵家に輿入れした例はあるにはある。だが、これには余程の努力が必要で、彼女が望む一生安泰の遊んで暮らせる生活とはならないだろう。


「ヒロインにはそれに相応しいヒーローがいるでしょ!」

「爵位が気に入りませんの?」


 では、この方とかどうでしょうとウェルシェは釣書を一つ取り出した。


「ライザム伯爵家のトニー様ですわ」

「それ有名なニート侍じゃない!」

「に、にーとざむらい?」


 アイリスは真っ赤になってカンカンに怒り、ウェルシェは意味が分からず目が点になる。それまで黙って聞いていたイーリヤはゲラゲラと笑い出した。


「トニーって『働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる。働いたら負けだと思うでござる』って魂の叫びが有名な外れ攻略対象なのよ」

「は、はあ?」


 イーリヤの説明を受けても彼女らの前世の話などウェルシェにはチンプンカンプン。


「ですが、ライザム家はかなりの資産家ですので結婚すればアイリス様が望む遊んで暮らせる生活が……」

「ニート侍なんてお呼びじゃないの。私が求めているのはスパダリ攻略対象よ!」


 お金があるだけではダメらしい。

 なんとも注文の多い令嬢である。


 仕方がないとウェルシェは秘蔵の釣書に手を伸ばした。

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