第3話 その腹黒令嬢、本当に女たらしに好かれませんか?
「やあ、愛しのウェルシェ」
ウェルシェはとても憂鬱だった。
「今日も変わらず美しいね」
ウェルシェはかなり不機嫌だった。
「君の翠色の瞳はどんな宝石よりも輝いて……」
ウェルシェの
「その艶やかな白銀の髪は銀糸で編んだ布より滑らかだ」
「断りもなく淑女の髪に触れないでくださいまし!」
ウェルシェは自分の髪を掬い上げた褐色の手をパシッと叩いて、無礼な男を睨みつけた。
「ふっ、そんな怒った顔さえとっても
くつくつと笑う褐色の美丈夫。この黒い髪に黒い瞳のエキゾチックな少年がウェルシェのイライラの元凶だった。
――トレヴィル・トリナ
マルトニア王国の東隣に位置するトリナ王国の第一王子である。留学生としてマルトニア学園にやって来た。
トリナ王国はマルトニア王国とは同盟関係にあり、表面上は仲良くしている。だが、トリナ王国は虎視眈々とマルトニア王国の領土を狙っている節があり、決して油断のできる相手ではない。
ところが、王子で美少年とあって学園の令嬢達がいつも熱い視線を送っている。まあ、そこまでは大きな問題はない。だが、ウェルシェにとっての大問題は、トレヴィルがケヴィンと同じくウェルシェの大嫌いな女たらしである事だ。マルトニア学園に留学してきて以来、彼は誰かしら女性を侍らせている。
噂によると昨年はイーリヤ・ニルゲを口説いていたらしい。ところが、新学期が始まって同じクラスになると、トレヴィルはウェルシェに狙いを定めた。
「私には婚約者がおりますの」
「知っているさ」
「いくら隣国の王族とはいえ許されぬこともございますわ」
「それは君がこの国の第二王子エーリックの婚約者だからかい?」
トレヴィルは悪びれた様子もなく、ただ薄く笑うだけで心が読めない。大人さえ手玉に取ってきたウェルシェだったが、どうにもトレヴィルはやりにくい。
ケヴィンは話の通じない狂人的な不気味さがあったが、トレヴィルは黒い瞳に理性的なものが見て取れる。ウェルシェには彼が計算して口説いてきているように思えてならない。
「我が国と事を構えるおつもりですの?」
「そんなつもりはないさ」
笑顔でありながら、しかしトレヴィルの目は笑っていなかった。その剣呑な光にウェルシェは警戒を強める。
「だけど、エーリックはウェルシェとは釣り合っていないんじゃないかな?」
「我が国の第二王子であるエーリック様とグロラッハ侯爵家の私は十分に釣り合っておりますわ」
「家格の問題じゃないさ」
「どういう意味ですの?」
口元はニヤニヤと笑っている。だが、トレヴィルの黒色の目は、まるでウェルシェを品定めでもするかのようにスッと細められた。
「エーリックは素直で優しい奴だな」
「今さら何を当たり前の事を仰いますの?」
エーリックは天使のような容姿の柔和な美少年だ。優柔不断なところがあり、ウェルシェの巨乳に鼻の下を伸ばすちょっとエッチなところもあるけれど。
それでも落ちこぼれても腐らずに頑張ってきた努力家で、この一年で成績だってずいぶん上げた。その甲斐あってエーリックは今年は準特別クラスに上がっている。
そんな彼をウェルシェは好ましく思っている。
それに、
勇気だってある。昨年は体を張ってケヴィンの凶刃から守ってくれた、その姿を思い浮かべれば今もウェルシェは心がときめくのだ。
「エーリックは本当にウェルシェを愛しているようだね」
「ま、まあ、そうですわね」
面と向かって他人から指摘されるとウェルシェも気恥ずかしくなってしまう。
「ウェルシェも彼が好きなんだね」
「当然ですわ」
昨年の騒動でウェルシェはエーリックへの恋を自覚した。自分の恋心は本物だとウェルシェは自信を持って胸を張れる。
「だけど、その愛は本物なのかな?」
「何を仰りたいんですの?」
トレヴィルにくつくつと笑われ、自分達の関係を否定された気分になったウェルシェはムッとした。
「私達の想いは本物ですわ!」
「はたしてそうかな?」
むきになるウェルシェを
人を食ったような女好きの隣国の王子をウェルシェは軽薄な輩であるとしか思っていなかった。
だが、トレヴィルは意味深な言葉を残した。
「だってエーリックは君の表面しか見ていないじゃないか」
それはウェルシェの心にしこりとなって残り、やがて大きくなって悩ませることになる。
「彼は本当にウェルシェの事をきちんと理解しているのかな?」
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