第3話 その総代、本当に幻想的ですか?
「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」
マルトニア学園入学式の日、新入生と保護者が集まる講堂で一人の少女の名前が呼ばれた。
「はい」
凛とした声で返事があり、一人の少女が席を立つ。
生徒達の間を壇上へ向け少女が静々と歩いていく。
その姿に生徒も教師も保護者さえも、会場にいる誰もが息を飲んだ。
それは周囲と同じマルトニア学園の制服に身を包んだ少女。彼女の
既製品であるはずの茶系のブレザーが、少女にあつらえたように似合っている。まるで彼女のためだけにデザインされた特注なのではないかと誰もが錯覚した。
制服の裾から覗く四肢はほっそりと白く、華奢で触れれば泡沫のごとく壊れてしまいそう。その歩く姿はあまりにも幻想的で、いっときでも目を離せば消えてしまいそうで誰もが凝視して視線を外せない。
とても儚げで現実離れした美しい少女。
壇上へとゆっくり昇る姿さえも優美だ。
「……妖精?」
惚けたようにみなが見守る中、誰かの口から思わず漏れ出た言葉。
それはとても小さい声だったが、静まりかえった会場には異様に響いた。だが、この場の誰もが美しい少女に目を奪われて気づかない。
息をするのも忘れる……それほど衝撃を受けていたのだ。
壇上の演台の前に立ったウェルシェがにこりと微笑む。その笑貌の美しさに全ての人の心までもが奪われた。
「スリズィエの花びら舞う陽射し柔らかいこの季節に、私たちはマルトニア王国の貴族子弟の集う伝統と格式あるこの学園の門を無事くぐることができました。本日は私たち新入生のためにこのような素晴らしい式を……」
ウェルシェは淀みなくすらすらと挨拶を述べる。その声も鈴を転がすような澄んだ耳に心地よい響きで会場中の人間の魂さえも完全に
「……以上をもちまして入学の挨拶とさせていただきます。新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」
挨拶を締め括るとウェルシェは優雅に一礼した。
一連の挙措もあまりに見事、あまりに完璧な美。
幻想的な光景にみなが言葉を失い、会場は静寂に包まれた。
――パチパチ……
その最初の拍手は誰のものだったのだろう。小さなさざ波のような拍手にみなが夢から醒めたようにハッとした。そして、追随するようにまばらに拍手が起き、それはしだいに観客席の全てに伝播して大きな荒波へとなっていく。
――パチパチパチパチ
――パチパチパチパチ
会場の中に割れんばかりの称賛の拍手。
まるで会場の空気が震えているようだ。
その嵐のような拍手の中、ウェルシェは行きと同じく静々と己の席へと生徒達の間を歩く。
「歩く姿も軽やかで美しい……」
「まるで白銀の妖精みたい」
「妖精だ……妖精の姫君だ」
通り過ぎるウェルシェを名残惜しそうに見送る両脇の生徒から自然と湧き上がる賛辞。
入学式が終わるまで会場の視線は静かに着席するウェルシェに釘付けだった。この日、新入生総代挨拶でウェルシェは全校生徒、職員に強烈な印象を与えたのである。絶賛お澄ましモード発動中のウェルシェに誰もが欺かれたのだ。
だが、ウェルシェの誤算はここから始まる。
次の日からウェルシェの周囲は彼女を物にしようとする貴族令息達で溢れかえることとなる。
かくしてエーリックの不安は的中してしまったのだった。
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