第2話 その恋愛観、本当に大丈夫ですか?
「私ってそんなに信用ならない女に見えるのかしら?」
エーリックが帰った後、
「いきなりどうしたんです?」
敬愛する主人の為にお茶を注いでいたカミラはその愚痴の意味を測りかねた。
「さっきのエーリック様の話よ」
「もしかしてお嬢様が他の男に心移りするってやつですか?」
それよとウェルシェは不満そうに口を尖らせる。
こんな態度は年相応に可愛いなとカミラは思う。
「私は結んだ婚約を
「恋愛は義理人情ではありませんよ?」
意外と男女の機微に
「お嬢様は猫を被っていれば理想の令嬢なのです」
「何よぉ、素の私には魅力が無いって言うの?」
「魅力はございますが、理想ではありませんよね?」
ぷぅっと不貞腐れる主人が可愛くて、カミラは心の中でじたばた悶えた。だが、出来る侍女は完全無表情。おくびにも態度に出さない。
「擬態中のお嬢様を前にすれば男なんてイチコロなんです」
「なんだかカミラは一言余計なのよね」
ぶつぶつ文句を垂れているウェルシェだが、彼女の外見は控え目に言っても絶世の美少女。ウェルシェが学園へ行けば子息達がちょっかいを掛けるのは間違いないとカミラは思う。
「だから、エーリック様が不安になる男心を分かって差し上げてください」
「私はずっとエーリック様が良いって言っているのに何を不安になるのよ?」
大人さえ手玉に取る美少女もまだまだ経験不足なようだ。
カミラは色恋沙汰に疎い主人に対して苦笑いを浮かべた。
「学園には多数の殿方が集まります」
「まあ、国中の貴族子弟が通うものね」
「そんな中にはとても素敵な男性がおられるでしょうから、お嬢様が心動かされないか殿下は心配なさっておいでなのですよ」
この男心わからないかなぁっとカミラは思うのだが、ウェルシェはいよいよぷぅっと頬を膨らませた。
「だ・か・らぁ、どんな殿方がいてもエーリック様以外はお呼びじゃないわ」
いつも
「恋は自然と落ちるものですから」
「私は敗残者になるつもりはないわよ?」
「はぁ?」
ウェルシェの頓珍漢な返答にカミラの思考がフリーズした。
「何のお話をされているのですか?」
いったいいつの間に勝負の話になったのか、どんなに思い返しても思い至らずカミラは首を捻った。
「何って……恋に落ちる話じゃない?」
だが、逆にウェルシェの方が意味が分からないと小首を
「だって恋は先に落ちた方が負けなんでしょ?」
「恋愛は勝ち負けではございません!」
誰が自分の愛する主人にとんでもない恋愛観を吹き込んだのか?
「だってお母様が仰っていたわ『恋は追ったら負けよ。男に追われる女になりなさい』って……」
(
ウェルシェは自他(他はカミラ)ともに認める腹黒令嬢なのだが、何故か母親を非常に
「結婚後も主導権を握る為に旦那様の目を自分に惹きつけられる魅力を常に磨けともご教授いただいたわ」
「確かにそう言う努力も必要ではございますが……」
「そうすれば追うのではなく
(奥様は何を吹き込んでくれやがっているんですか!?)
「私もお母様の仰る通りだと思うの。ほら、お父様ってお母様に頭が上がらないでしょ?」
怒らせて「実家に帰らせていただきます」と言われて出て行こうとするウェルシェ
グロラッハ家はウェルシェママをヒエラルキーの頂点とする超かかあ天下なのだ。
「ぐぬぬぬぬ、あれは惚れた弱みと言うやつで」
「ほらほらぁ、惚れた側のお父様はやっぱりお母様に勝てないじゃない!」
「そうなんですけど、そうじゃないんです!」
「?」
言っている意味が分からないとキョトンと可愛い顔をするウェルシェに、恋愛ゲームの駆け引きと恋愛の機微と夫婦間の愛情のあり方、カミラはそれらの説明が上手くできない。
もどかしさにカミラは両の指をワキワキと
ウェルシェは他人の思惑を察し大人達を翻弄するほど
「とにかく家の為にもエーリック様と結婚しなきゃいけないし、他の同年代の男の子なんて
「恋愛は理屈や損得ではないのですが……」
自分の主人の残念な恋愛観にカミラは一抹の不安を覚えた。
(まあ、損得勘定が先に立つお嬢様なら、エーリック殿下以外の男性に
出来る侍女でも今は取りあえず納得するしかなかったのだった。
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