第64話 その第二王子、本当は変態ですか?

「あああああ!!!」


 エーリックは絶叫した。


「ウェルシェに嫌われた、嫌われた、嫌われちゃったぁ! もうダメだぁあ!!」


 ウェルシェに「もう知らない」と言われてエーリックはたっぷり数分固まっフリーズしていたが、再起動するなり彼はこの世の絶望を味わったような顔になった。


「お、落ち着いてください、エル様!」

「だって、だって、ウェルシェに嫌われちゃったんだよ!」


 スレインが宥めようとしたが、エーリックはぐがぁっと髪を掻きむしる。


「だ、大丈夫です。あれくらいでウェルシェ嬢がエル様を嫌うはずありません」

「ホント?」


 スレインの口から齎された一縷の希望に、エーリックは子犬みたく縋るような目を向けた。


「ほ、本当です」


 捨てられた仔犬のような目で見られてスレインは狼狽したが、ここは敬愛する主君のためとグッと堪えたのはさすが忠臣である。


「エル様のようにな心の広い美男子好物件を嫌う女性がおりましょうか」


 だが、主君てきもさる者、忠臣みうちのバイアスがかかった阿諛あゆに軽々しく安堵はしない。


「ホントにホント?」

「ほ、本当に本当でございます」

「スレインはウェルシェが僕を嫌っていないと思う?」

「もちろんですとも!」


 これにはスレインも胸を張って答えられる。


「ウェルシェ様はその程度でエル様を見放す狭量な女性ではありませんぞ」


 スレインの見るところウェルシェは見た目ほど清純ではなさそうで、だからこそ逆に男のスケベ心くらいは大目に見てくれると確信している。


「うん、そうだよね……ウェルシェは優しいもんね」

「ええ、ええ、もちろんですとも!」


 ホッとしたようなエーリックの様子にうんうん頷くスレインであったが、彼は気がついていなかった――


「だけど、スレイン……」


 ――敬愛する主君の瞳に昏い影がある事に。


「ヤラシイとか、不潔よとか、けがらわしいとかってウェルシェに思われたよね?」

「えっ!?」


 エーリックが持ち直したと安心したところへの完全な不意打ち。スレインは咄嗟とっさに対応できず盛大に目を泳がせた。


「そ、それは……」

「スレインも女の子の汗の匂いを嗅いじゃうのはサイテーだって思ってない?」

「ま、まあ、女性の体臭を嗅ぐのは少々デリカシーには欠ける行為ではありますな」


 たじろいだスレインは思わず本音が漏れる。


「ちょっと変態ちっくかな?って」

「やっぱりウェルシェに幻滅されたんだぁぁぁあ!」


 乳兄弟の腹心にまで変態扱いされたエーリックのスケベ心の代償はあまりに大きかった。


「これでウェルシェから婚約破棄されたら僕もう生きていけないよ!」

「ウェルシェ様がそのような理不尽な真似をするはずありません!」

「だけど、結婚できてもウェルシェから変態って思われ続けるんだろ?」

「え、えーと……」


 なんとフォローしてよいか考えあぐねてスレインはすぐに対応できない。その反応が全てを物語っていた。


「うわぁん! 僕はこれからウェルシェに変態王子って汚物を見るような目で見られるんだぁ!!」

「すみません、すみません、すみません、エル様は変態王子なんかじゃありませんから!」


 大好きな婚約者に変態王子などと思われると考えただけでエーリックは死にたくなる。これなら廃嫡を言い渡される方が万倍マシだ。


「よし、王子やめよう」

「なんでそうなるんです!?」

「変態王子よりただの変態の方がまだマシじゃん!」

「そういう問題ですか!?」


 あまりの絶望感にエーリックは取り乱し、あらぬ方向へ暴走を始める。スレインはそれを止めるのに必死だ。


 ギャーギャーギャーギャーと騒ぐエーリックとあたふたするスレイン。


「ちょっと殿下、人目があるんですから、あんま騒がんでください」


 この愉快な主従エーリックとスレインが周囲の目も気にせずわちゃわちゃ騒いでいるところにセルランが戻ってきた。


「セ、セルラン、お前いったい今までどこへ行っていたんだ!」


 大変だったんだぞとスレインが恨み節をぶつけてきたが、セルランとしても遊んでいたわけではない。


「ちょい、レーキ達から情報を聞き出してたんだよ」


 先程までセルランは更衣室の前で見張りをしていたレーキ達と接触していた。当然、ケヴィンの動向について確認するためである。


「レーキ・ノモ!!」


 その人物名にエーリックが過剰反応を示した。


「そ、それで、ウェルシェは僕をどう思ってるって?」

「ケヴィンの事よりそっちですかい!?」

「最重要事項じゃないか!」


 僕は変態王子じゃない、僕は変態王子じゃない、と呟きやや壊れ気味のエーリックにさすがのセルランも引き気味だ。


「いや、姫さんはちょうど更衣室へと入っていったんで……」

「更衣室!?」


 じゃあ今シャワーを浴びているとこ、と妄想を逞しくさせたエーリックがニヘニヘ笑う姿に、そういうとこだぞとセルランは貴公子然とした外見は非常に良い残念王子に呆れた。


 だが、これではケヴィンが学園に潜入しているなどと教えたらエーリックは暴走しかねない。


 きっと、エーリックはウェルシェの傍から離れなくなるだろう。そうなればケヴィンの犯行を未然に防げるかもしれないが、それはケヴィンを排除しようとしているウェルシェの思惑から大きく外れる。


 ウェルシェの企みを知るセルランは、もうしばらくはケヴィンについて黙っておく事にした……

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