第44話 その白銀の妖精、やっぱり黒くないですか?
「ケヴィン様はまだ諦めてないのね」
レーキから報告を受けていたウェルシェの口から小さなため息が漏れる。
ひと月程前から自分をつけ回す怪しい影に気がつき、ウェルシェはレーキ達に彼らの監視をお願いしていたのだ。今日はその報告を受ける為に1人で庭園へと赴いたわけである。
さすがにアイリスから凸を受けるとは思わなかったが……
「はい、彼らの
「大半?」
「ええ、その……実はオーウェン殿下や側近達の息が掛かった者達も僅かながら含まれておりまして……」
「それは殿下がケヴィン様に協力していると?」
「おそらく」
「呆れた」
王妃から叱責を受けたオーウェンは王位継承権まで失う危機に瀕している。それなのに今その原因となったウェルシェとエーリックの婚約にちょっかいを出すのは火に油だ。
「殿下はご自分のお立場を理解していらっしゃらないのね」
「嘆かわしい限りです」
オーウェン達は在学中に何かしら実績を上げて汚名を返上しなければ最悪廃嫡される可能性まであるのだ。ウェルシェ達にかかずらわっている場合ではない。
「もしかして殿下は私がケヴィン様に懸想していると未だに信じていらっしゃるのかしら?」
「おそらくは……オーウェン殿下にとってアイリス嬢の言葉は絶対ですから」
さっきの人様の婚約者を捕まえて犬呼ばわりするアイリスを思い出してウェルシェは顔を
「どうしてアイリス様は私がケヴィン様をお慕いしていると思われたのかしら?」
「先程も何やら喚き散らしておりましたが……申し訳ございません。寡聞にして私には理解ができませんでした」
「安心して。私もまったく分からなかったから」
ヒロインだとか悪役令嬢だとかザマァだとか一方的に捲し立て、アイリスはいったい何を要求していたのか?
「彼女の思い込みの原因を早急に調べたいところね」
このままではケヴィンの暴走に巻き込まれてオーウェンが廃嫡の憂き目に遭う可能性がある。
(殿下が廃嫡されたらエーリック様が立太子……そうなったら私は将来の国母に)
それはウェルシェの望むところではない。
(それだけは絶対阻止よ!)
「アイリス様の動向を見張ってもらえるかしら?」
オーウェン対策の為にもキーパーソンであるアイリスの調査は必須だ。
「確かに彼女の調査は必要と思いますが……」
「何か問題でも?」
ウェルシェの依頼に対し、珍しくレーキの歯切れが悪い。
いつもと様子が違うレーキにウェルシェは小首を傾げた。
「ここ最近になってセギュル家の動きが急に活発になってきております」
レーキの報告を聞きウェルシェの眉間に皺が寄る。
「ケヴィン様が何か仕掛けてくると?」
「その可能性が高いかと」
アイリスに対して人員を割いてしまうとウェルシェの周囲が手薄になる。それでは心許ないとレーキは忠告しているのだ。
「セギュル侯爵は何をしておいでなのかしら?」
ケヴィン様が暴挙に出ればセギュル家とて今度は無事では済まないはずである。色々やらかしているケヴィンに監視を付けていないとは考えにくい。
「まだ調査中ですが、どうもケヴィン個人の暴走ではないようです」
「まあ、そうでしょうね」
ケヴィンだけでは人を動かせないはずだ。誰かを使えばセギュル侯爵に露呈するからである。
「セギュル侯爵はケヴィン様に加担するほど愚かではないでしょう。そうなるとセギュル夫人かしら?」
「その可能性が高いかと……目下調査中です」
お茶会で王妃オルメリアより沙汰が下された時、セギュル侯爵の妻ケイトの表情が不愉快そうに歪んでいたのをウェルシェは見逃していない。
「そっちに関してはカミラに任せるからいいわ」
他家の内部事情ならカミラの
「この件、どのように対処なさるおつもりで?」
「そうねぇ……」
唇に人差し指を当てながらウェルシェは思案した。
(このままではオーウェン殿下まで塁が及ぶ可能性が高いわ)
これを放置していればウェルシェにとって最悪の状況になりかねない。
「まずはケヴィン様が本当に私を狙っているのか、援助しているのはセギュル夫人で間違いないのか、それらをはっきりさせましょう」
「彼らが黒の場合は?」
「あれだけやらかして軽い処罰で済ましてもらっているのよ。それなのに逆恨みするセギュル夫人やまったく懲りていないケヴィン様に更生の余地はないわね」
「私もそう思います」
(オーウェン殿下の介入が表沙汰になる前に決着をつけないと)
「あなた達はケヴィン様の動向を見張っていてもらえるかしら?」
「それは構いませんが……どうなさるのです?」
「ケヴィン様を罠にかけます」
ウェルシェは口の端を吊り上げニヤリと笑った。
それは『白銀の妖精』や『妖精姫』と呼ばれている見た目純真可憐な少女とは思えぬ真っ黒な
「ケヴィン様にはここで退場していただきましょう」
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