第29話 このお茶会、本当にお開きですか?

「ごめんなさいね、残ってもらって」

「王妃殿下のご用命なれば否応はございません」


 王妃オルメリアの詫びにシキン伯爵夫人ジャンヌは何でもないと目礼を返した。


 お茶会はオルメリアの指示でお開きとなった。異様な空気の中、続けても意味はあるまいとオルメリアが判断した為である。


 会場に残ったのは主催者のオルメリアとエレオノーラ、そして……呼び止められたジャンヌの三人だけ。


「それに、私も王妃殿下にお詫び申し上げねばならないと思っておりましたので」


 ジャンヌはオルメリアに向けて頭を下げた。


「先程のオーウェン殿下を貶めるご無礼……」

「謝罪は不要です」


 だが、オルメリアはその言葉を遮った。


「謝らなければならないのは此方こちらなのですから」

「王妃殿下に何の咎がございましょう」

「いいえ、私共が無理を言ってオーウェンの側仕えになってもらっておきながら、息子の愚行を止められませんでした」


 そして、頭こそ下げられなかったが、逆にオルメリアが謝罪したのだ。


「王妃殿下!?」


 ジャンヌは驚いた。

 無理もないだろう。


 王族が臣下に対し頭を下げるなど通常ではあり得ない。

 だが同時に、オルメリアが皆を帰した理由も理解した。


 大衆の面前で王妃が一貴族に謝罪するわけにはいかないからだ。


「そもそも私があの子の教育を間違えてしまったのがいけなかったのでしょう」

「王妃殿下、古今東西聖人君子であっても我が子の教導を誤るものです」


 同じ母としてオルメリアの苦悩をジャンヌは理解できる。


「私のような責任のない貴族の輔育と違い王族には求められるものが多すぎて、子の教育を困難にしているのです」

「私はオーウェンに多くを求め過ぎたのかしら?」


 オルメリアは眉根を寄せて顔を昏くした。

 それは息子の教育に悩む母親の姿である。


「王妃殿下は他者が真似のできない傑人なのです。あなた様ご自身を基準にされれば子供はついていけません。さりとて求めないわけにも参りません」

「国の頂点に立つ者の双肩には数百万の民の未来がかかっているのですからね」


 できないでは済まされない、失敗しても良いなどとは言えないのだ。


「だからこそ、将来あの子が即位した時に有能な臣下となってくれればと思い、無理を推して優秀な子達に側近となってもらったと言うのに……あの子には自分につけられた者達の才能が分からなかったのね」

「人の才を見抜くのは容易くはありません」


 ジャンヌは先程のお茶会とは打って変わりオーウェンを擁護した。


「為政者の多くは、自分なら有能な人物を登用できると勘違いしております。ですが実際には殆どの者が阿諛追従あゆついしょうの臣を招き寄せてしまいます。何故なら人の才能や能力は可視化できないものですから」

「そうですね」


 王妃として人を見てきたオルメリアにはジャンヌの言葉が良く分かる。自分は違う、自分はできると思っている者ほど人物鑑定の難しさを理解していないものだ。


 だからこそ上に立つ者は注意深く人を観察して目を養わなければならない。実績だろうと試験だろうと正しく人の才能や能力を数値化できるものではないのだから。


「オーウェンは自分の目を疑う事を知らないわね」

「殿下はまだお若いのですから無理もありません」


 確かに今回の件は自分自身を大きく見積もり過ぎた若気の至りではある。


「そうね、オーウェンはまだ未熟でこれからです。だから確かに迂闊でしたが廃嫡するほどではありませんでした。だから、あの場で私はあなたを切る選択をするより他になかった」

「……賢明な判断かと」


 このままではオーウェンは暴君になりかねない。だからと言って罪を犯したわけでもないのだから廃嫡はできないし、王位継承を剥奪する理由にも乏しい。


「この程度で殿下から継承権を奪っては、それこそ横暴と言うものです」

「そうね」


 温室の中にある花壇へと顔を向けた。


「あの子もエーリックも、そして学園の子供達にもまだまだ可能性が眠っているのですから」


 彼女の視線の先にあるのは薔薇の蕾。


「はい、それこそ私達が見出せていない才能が眠っているかもしれません」


 頷いたジャンヌも釣られて蕾へ目を向けた。


「オーウェン殿下が見出した人材もまだ若い息吹なのです」

「本当にそうね。もしかしたら化ける子がいるかもしれない」


 オルメリアはくすりと笑った。


「あなたはウェルシェを試したのですね」

「……」


 ジャンヌは答えなかったが、それが肯定の沈黙だとオルメリアは判断した。


 オーウェンは確かにやらかしたが、それは王位継承権を剥奪する程ではない。この段階での直諫など無意味である。それが分からぬジャンヌでもない。


「大した娘ですね……ウェルシェは」

私の息子ジョウジやレーキさんなどオーウェン殿下の不興を買って学園で孤立していた子達をあっという間に掌握してしまったようです」


 ウェルシェがオーウェンの元側近達を使って画策したお茶会での一連の策謀を包み隠さず説明した。


「途中から薄々は気付いていたけれど……末恐ろしい子ね」

「はい、とても15歳の娘とは思えません」

「ですが、ウェルシェの才能を測ろうとあなたも無茶をしましたね」


 下手をすればジャンヌはこの国に居られなくなるところだった。


「何処までが彼女の演技なのかを見極めなければなりませんでしたので」

「おっとりした妖精のような令嬢の擬態は見事よね」


 くつくつとオルメリアが声を出して笑うと、エレオノーラが不思議そうな顔をした。。


「メリー様、ウェルシェは妖精のように可憐な優しい娘ですよ?」

「エレン、あれはそんな可愛げのある娘ではないわ」


 事実、今回のオーウェンの件でウェルシェから多くの要求をされるだろうとオルメリアは覚悟している。


「彼女には夫人達もたばかられてしまいました」

「ふふふ、学園の未熟な子達では彼女の本性は見破れないでしょうね」

「えっ? えっ? えっ?」


 オルメリアとジャンヌの話についていけずエレオノーラは目をぱちくりとさせるものだからオルメリアはいよいよ声を上げて笑った。


「エレン、気をつけておきなさい」


 侍女が新たに用意してくれたお茶でオルメリアは喉を潤すと、ティーカップをソーサーへ戻してくすりと笑った。


「社交界では愛らしい妖精と思って迂闊に近づいたら、とんでもなく恐ろしい魔王だったなんてザラにあるのよ」

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