第27話 その王妃様、大ピンチじゃありませんか?
(困った事になったわ)
表情にこそ出てはいないが、オルメリアはどうしたものかと苦悩していた。
ウェルシェのオーウェンへの批判は最初こそ面白くなかったオルメリアだったが、彼女の説明を聞けば納得せざるを得ないものだった。
直臣の言葉どころか国王や王妃の諌める言葉にも耳を貸さない事実を突きつけられては、ウェルシェがオーウェンの横暴に恐れても仕方がない。
オルメリアとしてもウェルシェの言い分が全面的に正しいと言わざるを得ないだろう。ここで判断を誤ると王家による専横と断じられ貴族達が離心しかねない。
幸いウェルシェには落とし所がありそうだからオルメリアとしては多少の譲歩は必要でも大きな問題とはなるまいと考えていた。
(だけど、シキン夫人がここまで激しい性格だったなんて)
シキン夫人は怒ったところを誰も見た事がないおおらかな女性である。
その優しく穏和な性格には逸話がある。
シキン伯爵夫人は本名をジャンヌ、旧姓デポットと言う。
デポット家は僻地に領を持つ男爵家で、ジャンヌは幼少期を田舎で純粋培養されて伸び伸びと育った。
その為、真っ直ぐで潔癖な性格になってしまい、王都へと出て来た時に貴族社会に馴染めず周囲の貴族令嬢達から虐めを受けた過去を持つ。
しかし、ジャンヌは真っ直ぐなだけではなく、虐めにあってなお折れぬ芯の強さと怒りを表に出さぬ穏やかさを合わせ持っていた。
そんな彼女を一目見て現シキン伯爵は惚れ込んでしまい猛アタックしたのである。
当初は断っていたジャンヌであったが、シキン伯爵の気風とシキン家の家風は彼女にとって好ましく遂には折れて彼と結婚した。
これに慌てたのはジャンヌを虐めてきた令嬢達だ。シキン伯爵の影響力は大きい。どんな仕返しをされるかと戦々恐々となった。
ところが、シキン伯爵夫人となった彼女は全てを笑って水に流したのである。
この一時をもってシキン伯爵夫人は温厚なのだと評判となった。だが、逆に言えば彼女が怒るのはよっぽどの事なのである。
もしジャンヌを怒らせれば、その人物は瞬く間に社交界に名が広まり肩身の狭い思いをするだろう。
その窮地にオーウェンが立たされている。
(清廉潔白なシキン伯爵夫人にとって暴君こそが許せないものなのね)
ジャンヌとて直諫の意味は理解しているはずだ。つまり、彼女は命を賭してオルメリアに対峙している。
こうなるとオルメリアの取れる手段は2つ――
ジャンヌの言を容れてオーウェンを廃嫡するか、息子を守る為に諫言を跳ね除け彼女を罰して排除するかである。
だからオルメリアは悩む。
オルメリアは国母でありオーウェンの母親でもある。
国母としてはシキン伯爵家を切るのは得策ではないと理解しており、母親としては息子を見捨てるには忍びない。
だが、ここでジャンヌを罰すれば息子を溺愛する愚かな王妃と非難を受け、オーウェンを見捨てれば薄情な母との謗りを受けるだろう。
どちらを選んでもオルメリアにとってマイナスでしかない。
全くもって厄介この上ない問題が持ち込まれたものである。
(この事態はウェルシェも想定外みたいね)
見ればウェルシェも表情こそ余裕の笑顔だが、オルメリアはその目が僅かに泳いでいるのを見逃してはいなかった。
(だとすると私が何とかしないといけないのだけれど……困ったわね)
オルメリアの立場ではジャンヌの直諫を無かった事にはできない。ならばジャンヌかオーウェンかの二択しかないのだ。
この場を収められる可能性があるのは側妃のエレオノーラだけである。
彼女が第三者として仲立ちに入ってくれればジャンヌもオーウェンも切らずに済ませられるかもしれない。
(だけど、エレンにその才覚を求めるのは無理よね)
おたおたするエレオノーラの姿をチラリと見てオルメリアは心の中でため息を吐いた。
(ここは覚悟を決めましょう)
オルメリアがどう収めるか算段をつけたその時――
「まあ、シキン夫人とお会いできなくなるのは寂しいですわ」
のんびりした調子の声が張り詰めた糸を切った。
「せっかく仲良くなれたと思いましたのに」
声の主に会場の夫人達の視線が一斉に集中した。
その視線の先にいたのはニコニコと笑うウェルシェであった……
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